第40話「明日は思い出作りましょうね」
後片付けと明日への準備を終わらせて、俺は一度家に帰宅して荷物を置いてから涼音の家に向かった。
そう言えば、というか特になんてことない話ではあるのだが実際のところ、俺はあまり涼音の家に入ったことはないなと気づいた。
大抵集まる時は俺の家だし、涼音にご飯を作ったりしてもらうのも最近は大体俺の家が多かった。
涼音の家に行くのは彼女を迎えに行ったり起こしに行ったりとかそのくらいで、中に入ったのは再会した日と……他にはいつだっけか。
正直思い出せないな。まぁ、多くとも片手で数えきれるくらいの回数しか行ったことないってところだな。
「——と、御託並べてる間についたな」
階段を上り、涼音が住むアパートの2階をめざす。途中見知らぬ男性とすれ違って、どこかで見たことあるな——なんて思いながら歩いていき208号室。
一応、今更ではあるが身だしなみをパパッと整えてインターホンを押し込んだ。
すると、瞬く間に玄関が開き――
「せーんぱいっ! 待ってましたよ~~」
「おお……」
「ん、どうかしましたか?」
「え、いや、なんでもないよ」
「あ、もしかして私の事が好きすぎて抱きしめたりしたかったですか?」
「うぐっ……そ、そういうことは思ってないわ」
「なんだぁ。でも、どういうこと考えてたんですか?」
「いや、あれだよ。いつもよりもお迎えが静かだなって思ってな……」
少し狼狽えた俺をニヤニヤ顔で見つめながら、扉を閉める彼女。質問しながらしっかりと俺を閉じ込めようとするのは相変わらずだった。
思ったことを言うと、涼音はにまぁと顔を変える。
「——やっぱり、やってほしかったんじゃないんですかぁ?」
「ち、違うわっ。ただ思っただけだよ」
「へぇ……そうですかぁ」
「な、なんだよっ」
「いーやぁ、別にどうでもいいですけどね~~。あ、でも、そうだなぁ、それなら」
廊下でいったん止まると、顎に指をあてて何かに気づいたのか涼音は靴を脱ぐ俺の方に駆け寄ってきた。
じっと見つめられて何をされるのか身構えてると、すっと耳元に口をつけて——
「せーんぱいっ、今日は一緒に寝ちゃいますか?」
「——っ⁉」
「……ぷぷっ、あははっ! やっぱりですね~~、ほんとは期待してましたねぇ~~⁇」
「う、うっさいわ……ほんと、言うこと考えろよっ」
「は~~い。あ、でも、良いんですからね? 私、いつでも待ってますし」
「や、やめろっ」
いじめてくる割には赤くなった頬と内股で手をあそこにつけるその恰好に少しやられそうになったが頭を振って自制を利かせた。
まったく、危ない危ない。
何かやる時はしっかり気持ちに答えた時だし……ていうかまだ明日のビックイベントが待ってるからな。
「ふぅ、で茶番は終わりだ。んで、俺を呼んだ理由は? プレゼントって言ってたけど……」
「そんな早まらないでくださいよぉ~~夜はまだまだですよ?」
「はいはい、そうだな」
「うわ! ひどいです、先輩!」
「ひどくないわ、どっちかと言うと毎回毎回涼音に揶揄われる俺の方が可哀想だろ?」
「ひどいですよ。だって告白の答えくれませんし」
「っ——⁉」
あまりにもいきなりの本気トーンで思わず肩がビクッと跳ねてしまった。
てくてくと俺の胸元にくっついて、さらに彼女は一言。
「私の事なんて……キープとしか思ってないんですよね」
「い、いやっ……別にそう言うことはなっ」
「だって、私……うぅ」
「あぁ、もう! なくなって!」
感情の起伏が激しいのか、いきなり過ぎてついていけなかったが実際のところそれに関しては俺が悪いのは確かだった。
座り込んで顔を隠す彼女に近づいて慰めようとすると、バッと顔を見上げる。
「って……別に思ってませんけどね。先輩は未来の夫ですし」
「……は、え⁉」
「どーせあれですよね? 明日の事考えてくれているんですよね? もしそうじゃなかったら、私先輩殺しちゃいますけど……というか一緒に死にましょう?」
「お、おい急に物騒なこと言いだすなよっ」
「だってぇ」
「た、頼むから……あと、そ、その通りだから」
「……ですよね、知ってます」
「あぁ」
目を閉じて立ち上がる涼音。
すると、すぐさま振り向いて声のトーンを変えてこう言った。
「じゃあそれこそ茶番はここまでにして。先輩、誕生日プレゼントです!」
「えっ」
リビングに入る前に涼音はどこからか取り出した放送した袋を俺の前に出した。
恐る恐ると受け取って、アイコンタクトをすると——
「開けていいですよ」
と言われて、リボンを解くと中から出てきたのは。
「じ、じんべい……?」
「はいっ! 明日、私だけ浴衣着るのもなんですし、せっかくなら先輩もきてくれればなーって思いまして」
「あ、ありがとう……」
「はいっ、せっかくですからね! 楽しみたいですし!」
凄く嬉しそうに笑う涼音。
そんな姿を見て俺はごくっと生唾を飲んだ。
また変なものでもくるのでは? なんて疑っている自分が恥ずかしくなる。少しだけ顔を隠しながら、笑顔が浮かぶ。
やっぱり、椎名さんが言っていた通りだった。
ちょっと積極的なだけで、いろんなことを考えている。
しっかりしている子なのだ。
ふと、思い立って俺は口に出した。
「今、着ていいか?」
「今ですか?」
「あぁ、サイズあってるか確認だけ」
「え、まぁ……多分あってると思いますけど」
「じゃあ、着たいから着ていいか?」
「きたっ——は、はいっ!」
何か分かったのかパーっと目を晴らして頷いた。
数分ほど風呂場を借りて(というかいつも涼音が裸になっている場所でやや興奮してしまったのは忘れてほしいが)着替え終わり、リビングへ戻る。
「ど、どうかな——」
「うわぁっ!!」
少しだけ恥ずかしくなって視線を逸らしながら戻ると涼音は飛び跳ねて寄ってきた。
「お、おいっ……」
「す、すごい似合ってますね! さすが先輩ですっ!」
「あ、あぁ……ありがとう」
「やっぱり日本人らしい服装も似合うんですねっ! 私が思った通りです!」
「そ、そうかっ」
「はい! かっこいいです!」
満面の曇りない笑みでそう言ってくる彼女に俺は少しだけ顔が熱くなる。
「そ、それは……どうも」
「はいっ! これで明日もばっちりですね!」
「あぁ、そうだな。浴衣は明日のお楽しみか?」
「……着てほしいんですか?」
「まぁ……その、多少は?」
「っふふ。でもそうですね、先輩の言う通り明日までお預けです!」
「だよなぁ……」
まぁ、いきなり何を聞いてるんだろうか。
ふと自分の言ったことが恥ずかしくなって、時計を見ると時刻はすでに21時前。
明日も早いし、色々と確認もやらないといけないからそろそろおいたましたほうがいいかな。
「それじゃあ、今日はありがとう。明日も早いし、俺はもう帰るよ」
「そうですねっ。私も本当は一緒に寝たいですけど……浴衣を着なくちゃいけないので今日は我慢しますね!」
「お、おう」
「じゃあ、また明日!」
そうして、家に帰ってすぐに寝ると夜が明けてその日が来る。
そんな日の流れの速さに俺は少し驚きながらも、家を出たのだった。
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