素直になれたら
ミケランジェロじゅん
第1話 並木美月
「この気持ちはなんだろう?」
そう二宮くんの後ろの席でそっと心の中で呟く。
二宮流星。同じクラスでスポーツ万能なサッカー部所属。意外と可愛い彼に抱くこの気持ちは一体、何なんだろう?
彼が振り向く度に一人勝手に喜んだり、彼が他の女子と仲良く話す度に悲しくなる。
いつからこんなにも二宮くんを意識し始めたんだろう……
目にかかる前髪を耳にかけた。
前の方を向くと、担任の先生がプリントを配っている。
順序よく前から後ろへと配られるプリントを目で追う。
次は私の番。
「はい」と振り返りながら彼がプリントを差し出してくるので、受け取ろうとした。そしたら自分の指が彼の手に触れた。
咄嗟に指を離してしまったプリントが私の机の上にパラっとなだれ込む。
「ごめんなさい……」
私が謝ると、彼は「ごめん」と云いながら頬をポッと朱色に染め、前の黒板へと向き直した。
意外と可愛い。
そう思ってしまう自分の気持ちがどこかもどかしい。
唇を噛み締めて机に落ちた数枚のプリントを整え、自分の分だけ取り、私はそれを後ろへと続けた。
気持ちを切り替えるように、軽く椅子を整えてからプリントに目をやる。
「1年生、3年生、2年……2組、5組、1組、3組、2年4組!」
彼の肩を軽く叩こうとする前に、急に背中がクルッと回り彼が振り返った。
少し興奮気味な彼を私は落ち着かせるよう微笑みかけた。
「並木!俺たち––––––」
「一番最後!」「一番最後」
ハモった。正確に云えば、合わせた、だ。
「大トリだぜ。気合入るな」
「そうだね。あたしも間違えないようにしなきゃ」
「並木さんは大丈夫だろ。コンクールで賞も獲ってるし」
「そうでもないよ。あたし緊張しいだし」
「並木さんがいないとさ……」「二宮くんがいないと……」
あ!またハモった。
「いないと……」と云った後、急に自分の発言に恥ずかしくなった。
校内合唱コンクールの順番が記載されたプリントで顔を隠した。
彼の「いないとさ……」の続きが気になるが、それより自分の発言だ。
あれではまるで「二宮くんじゃなきゃダメ!」と云ってるようなものだ。
恥ずかしさから自分自身に少しだけ怒りが込み上げてくる。
「……前、向かないとね」
そっとプリントの横から顔を覗かせ、少し困惑気味に前へ向き直す彼を片目で確認した。
そのまま帰りのHRの合唱練習まで喋ることはなかった。
結局、私はただピアノの音色を奏る伴奏者。この合唱コンクールが終われば、また通常の日に戻るだけ。友達と登校して、友達とお弁当を食べて、好きなアイドルについて語って、授業が終わればすぐ家に戻って、ピアノの練習をして。
あぁ。鍵盤を叩いて出る音色のように……
素直になれたら。
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