その【男娼《オトコのコ》】はバトル・メイスを振り回す。 

ほにょむ

第1話 Prologue 剣王の凶行



 玉座の前で響く騒音の後、支配するのは静寂。それを破るのは怯えた男の小さな声。



「へ、陛下……」


「反逆者だ。片付けろ」


「い、いえ……しかし……」


「貴様もか?」



 問われた男は『ひゅっ』と息を飲み、ただ頭を垂れて素早く行動に移す。



 つい先ほどまでは王太子であったはずの、今では肉の塊でしかないソレを衛兵に命じて運ばせる。



『どこに?』



 誰もわかろうはずがない。反逆者と断じられた王太子の死体をどこへ?


 王族の遺体を安置するならば遺霊堂だが、反逆者なら首をはねて王都の大広場に晒さねばならない。首から下はゴミと同じ扱い。


 そのどちらかなど、誰かが独断で決めてよいとは思えない。それが出来るのは国王だけ。

 その王が「反逆者」と断じたのだ。だがその王は今、どう見ても正常ではない。


 血走る眼球。荒い呼吸。その手に握られた血の滴る宝剣。憎しみに歪む口元は、不安と猜疑を隠しきれていない。


 宰相をはじめ国家の重鎮たちはただ茫然と、にわかに起きた目の前の惨劇を咀嚼しきれず立ち尽くす。



 幽鬼のように歩み始める国王。止める者はおろか、声を掛けられる者さえ居ない。


『剣王』の二つ名を持つパスカリア王国の国王、スティード=ゼノア・ワーテルマグヌ=パーター・パスカリア。

 

 パーター・パスカリア。意味は古い王国語で『パスカリアの父』

 つまりは『国父』。そう慕われるようにと、初代国王から受け継がれている称号。


 その国父、スティードは今、実子を殺すために歩き回っている。


 第一王子の王太子はすでに。



 スティードは第二王子に与えられた執務室の扉を乱暴に蹴り開ける。


 予備動作も無く、軽く跳ねるように一気に距離を詰めて間合いに入る。唖然としたままの部屋の主は、振り上げられたスティードの、その手にあるのが抜き身の剣だとは未だに気が付かない。


 事も無げに振り下ろされたパスカリア王国の国宝、『三聖宝剣・レェゾワイト』で第二王子を。返す太刀筋で彼の執務室で補佐にあたっていた才媛と名高い第二王女も。


 男の断末魔の叫びと、女の絹を裂くような悲鳴。それはすぐに聞こえなくなった。




 スティード王の殺人行脚は止まらない。


 次は第三王子。


 この秋に騎士爵を叙爵されたばかりの若き近衛騎士。


 王位継承権の放棄と王家序列からの離脱を宣言したうえで、公爵位を与えられるもそれを返上。ただの騎士として王家に仕える事を選んだ高潔な若者である。


 民の間では彼が長子で立太子されていれば『騎士王』が誕生しただろうと話題になっていた。




 王城内にある練兵場。そこに立つのは剣を構えた一騎士たる第三王子。


 だらりと宝剣『レェゾワイト』を力なく握るスティード王。


 対峙する。


「『剣王』として、指南してくださる……という事ではないのですね。陛下」


 剣を構えぬスティードからの返事はない。

 しかし、それは戦意も殺意も無い訳では無く、『いつでも殺せるぞ』という姿勢。



 騎士道無きこの場にて『はじめ』の合図など有ろうはずがない。


『ゆらり』と。スティードの倒れる様な力みのない動きは、戦いに身を置く者にこそ強く違和感をあたえる。





『父上のようになりたくて』




 そう言って剣に憧れを託し、愚直に振り続けた我が子に。


 一閃するは『お父さんパーター・パスカリア


 剣の空を切る音さえも無く。


 見守る近衛騎士達は、胴を両断された第三王子の躯が練兵場に転がった事で、初めて何が起きたのかを推察できた。





「これでひとまずは我がパスカリア王国も安泰である……」


 実子を殺め、人心地ついたとばかりに呟く。




「ら、乱心めされたか……?」


 王の言葉を聞き、思いついた言葉を口にする近衛騎士隊の隊長。



「……陛下! ご乱心である!」

 続いて叫ぶ声が部下の誰のものかは混乱する隊長には分からなかった。


 しかし、声の主を見極めた王は駆け寄り、再び一閃。転がる近衛騎士の首。



「フレデリック=ルイ・ヌヨン隊長」

「はっ!」


 フルネームで呼ばれた、スティード王の古くからの友人フレデリック。

 自分の呟きから騎士が一人落命した事実を前に混乱しつつも、右膝を地に着けた最敬礼で頭を垂れる。


 ──なにが起こっているのだ……。


 現状の確認さえままならぬ今、国王の言葉を聞く他にフレデリック隊長に出来る事は無い。


「近衛騎士隊の綱紀粛正に励め。より一層のな」

「……御意に」



『王の行いを『乱心』と諫める事を許さない』


 彼らの従うべく君主、剣王スティードは言外にそう告げた。



 これがパスカリア王国・ワーテルマグヌ王朝において最後の『国父パーター・パスカリア』、スティード王の凶行の始まりだった。





「……ふむ。念のため殺しておくか……あの『人形』も」




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