第99話 アハバインの試練
魔法が使えないというのは思ったより厄介だった。
魔剣もなく、自分の体と貧相な武器だけが頼り。
この感覚は随分と久しい。駆け出し冒険者の頃を思い出す。
相変わらずこの都市に見覚えは無い。
俺が着ている鎧もだ。
攻められている側の国旗を見つけたが、初めて見る国旗だった。
天使の試練とやらが何をさせたいのか分かれば良いのだが……。
それにしても、いくら戦争と略奪はセットといっても酷いな。
略奪が終わった場所は焼かれているし、女子供にも容赦がない。
これでは占領が目的ではなく、まるで攻め滅ぼしたいみたいだ。
女に乱暴していた数人の兵士をまた見掛けた。
後ろから真ん中の兵士を剣で斬りつけ、驚いている間にもう一人。
ズボンを下ろしていた間抜けが慌てて地面の武器を取ろうとしたので、そのまま始末する。
武器を抜く前に始末すれば楽な戦いだ。
死体が消える。
女も虫の息だったようで、最後に俺に礼を言って死んでしまった。
争いに負けた側の末路とはいえ、見ていて気分が良いものではない。
どうやら兵士の1人が旗持ちだったらしい。
国旗が壁に立てかけてあった。
恐らく太陽がモチーフなのだろう。
その国旗にも見覚えが無い。
せめて此処がどこだか判ればな。
もう城も目の前だ。
この都市の外に出ようとしたが出られなかったし、やはり都市の中心であるこの城が目的地に設定されているのだろう。
城門は既に破られており、兵士たちが中に入っていくのが見える。
どの兵士も目が血眼になっている。
あれでは統率もない。
恐らく兵士たちは目的も忘れて城の中を荒らして回るだろう。
金目のものに、女。
俺の格好もこのクソ共と同じなので移動はしやすい。
城の中ではまだ抵抗が残っているのか争う音がするが、それも少しずつ収まっている。
俺の勘でしかないが、恐らくこの城が完全に落ちた時が刻限な気がする。
それを止めれば良いのか、他に何かすれば良いのか分からないが。
止めるとなると厄介だ。指揮官を仕留める必要がある。
この世界で死ぬと現実でも死ぬのか?
気になるところだ。
虱潰しに部屋を巡った。
何かヒントを探さねば時間だけが過ぎる。
すると、部屋を漁っていた兵士たちの会話が聞こえてきた。
「なぁ、この国には王女様も居たよな」
「ああ。この先の部屋が多分その王女様の部屋だ。綺麗だって聞いてるから楽しみだな」
「こんな時でもないと手が出せないからな。無敵の灰王とやらも今は留守だ」
「奇襲がこんなに上手くいくなんてな。流石は使徒様だ」
耳を澄ませて会話を聞く。
灰王。やはり聞き覚えが無い。
だが、使徒は聞いたことがある。
要は神の使いだ。
かつては神の使徒がこの世界に居て神の威光を示したり、人を導いたりしていたらしい。
それも昔の話だ。
詳しい話は知らないが、今この世界に使徒は居ないとされている。
天使と悪魔が現れる切っ掛けとなった出来事と関係しているらしい。
確かケラー枢機卿がそんな話をしていたような……。
今司祭たちが信仰している神だけが、この世界最後の神だとも。
だとすれば、この世界は過去のどこかの国ということだろうか。
その兵士たちは物色を優先していたので無視して奥に移動する。
すると、剣と剣がぶつかるような音を耳にした。
一番奥の部屋だ。
少し豪華な部屋の中では、灰色の髪の着飾った少女を庇うように一人の騎士が奮戦していた。
地面には数人の死体が転がっている。
どうやらこの世界の者同士の戦いでは死体は消えないらしい。
騎士はそれなりに強かったが、多勢に無勢だ。
兵士たちを倒す度に傷が増える。
着飾った少女……恐らく王女が泣きながら騎士の名前を叫んでいる。
だが、騎士は限界が近づいていた。
俺は剣を抜きながらその戦いに近づく。
俺は騎士ではないので騎士道精神など持ち合わせてはいないが、命を張って何かを守るやつは嫌いじゃない。
兵士たちは加勢が来たのかと思って舌なめずりをしている。
恐らく王女をどう手籠めにするか考えているのだろう。
俺は剣を大きく振りかぶり、横へ振る。
兵士二人の首を落としたが、そこで安物の剣も血と脂でダメになってしまった。
火剣があればまとめて始末できたのだが。
打撲武器として使うと安物の剣はすぐ折れるのだが仕方ない。
驚いている兵士に切れなくなった剣で殴りかかる。
多人数相手には、とにかく相手が平静を取り戻す前に動かねば不利だ。
特にこの体は本来の俺と違って、多少鍛えているが魔力が無いので尚更そうしなければならない。
騎士は驚いたものの、俺が兵士たちとは違うと分かるや一気に反撃に動く。
7.8人いた兵士は全員倒した。
だが、このまま此処に居ても他の兵士たちが押し寄せてくるだろう。
「感謝する……君は太陽の国の兵ではないのか?」
「太陽の国? こいつ等と仲間ではないとは言っておく」
「そうか……ごほっ。頼みがある。私はもう動けない。王女を逃がしてくれないか」
騎士の傷は致命傷に達していた。
よくこれで今まで動けていたものだ。
俺が頷くと、立っていることも出来なくなった。
王女を守る一心だったのだろう。
「グエンターフ……ごめんなさい。ありがとう」
王女が声を掛けるが、騎士は既にこと切れている。
「とりあえずここは危ない。この城から逃げる場所はあるのか?」
「あります。貴方の事は何と呼べば?」
流石は王女といったところか。
護衛だったであろう騎士の死を前にしても気丈に振る舞っている。
「俺は……アハバインだ」
これは天使の試練による体験に過ぎない。本名を名乗っても問題ないだろう。
「アハバインさん。私は灰の国の王女、リエス・ルインドヘイムです」
気丈な目をした少女はそう名乗った。
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