第72話 トカゲの尻尾切り
結局声の正体は分からなかった。確かに聞こえた筈なのだが。
マステマならばもしかしたら、俺にも分からない存在を知覚できるのではと思った。
しかしそんな声はしなかったという。
家ではノエルが夕食の支度をしていた。
優良組になり忙しい筈だが、二人のうち一人は必ずこうして家事を行う。
奴隷としては当然ではあるのだが、魔道学園に入学した折に勉学に集中しても良いと伝えている。
その上でこうしてくれるのだから助かる。
アーネラは実習に時間が掛かっているようだった。
既に中級の魔法を扱っているらしい。
ノエルとアーネラは二人で行動する事が多いので、効率も良いのだろう。
学習とは自分でやるよりも、相手がいた方が捗るからな。
こっちはマステマがいる。
人間の魔法にはもうあまり興味が無いようだが、それはそれとして知識欲は健在だ。
学習に於いてなら頼りになる。
大きなオーブンからグラタンを取り出しながら、ノエルが喋る。
「クラスの4割くらいが結局あの会に所属してます」
「4割……実質最大派閥だろうな」
ノエルの居る優良組のヒラエルキーは変化しつつあった。
ノエルとアーネラが居るグループがトップにいるのは変わらないが、下位層がまるまる地獄研究会に所属し、結託した。
だからといって、別に優良組の中で険悪になったりすることは無いようだが、実習などで意見が分かれると、下位層の意見が選択されることが増えたという。
今回アーネラが時間が掛かっているのもその影響だ。
彼等はどうにも効率が悪い方法を選択するのである。
しかし自分たちが多数派となった為、それが正しいと思っている。
アーネラ達は全体の為により良い方法を提案するのだが、段々とその提案は受け入れられなくなっているという。
「なんというか、傲慢になったというか。以前は温厚な話がしやすい生徒が急に意固地になったりして」
「権力を手にすると人は変わるというが、確かに妙だな」
地獄研究会は下級組にも参加者がいる。
こちらは勝手気ままな人間の集まりだからか5.6人程度だ。
それも、下級組の緩い進行にもついてこれないやつ等ばかり。
最初は地獄研究会の先輩連中が、授業に追いつけるように指導しているのかと思っていたが、どうにもそうではないらしい。
講義の点数は酷いままなのに、実習では結果を出し始めている。
「あ、それ。それです。こちらもそんな感じです。前日まで中級の魔法を習得するのに苦戦していた人が、会に参加するなりいきなり使えるようになっていたり」
……なんというか、これで良く放置なんて出来たな。
確実に何かをやっている。薬か、怪しい術か。
下手をすれば、何か別のものと生徒が入れ替わっているんじゃないか?
あの生徒のゾンビを思い出す。
あのような場所で、居なくなってからずっと彷徨っていたのだろうか。
これも地獄研究会が関わっているのか?
いくら魔導士としての追究が行われればいいからといって、守るべき仁義がある筈だ。
それに、トラブルは芽が出た時点で潰さなければならない。
放置すればするほど、後に困るのは自分だ。
学園長の面子もある。査問の結果が出ればすぐ動こう。
そんな事をしているとアーネラが帰宅する。
「すぐ支度しますね」
「まあ落ち着け。一休みしろ」
アーネラは急いで手を洗い、エプロンを付けてノエルを手伝いにいこうとしたので、口元に買ってきたクレープを入れてやる。
アーネラは面食らいながらも、口をもごもごさせた。
甘味に顔を綻ばせる。
「ありがとうございます。これ、美味しいですね」
「だろ」
「生地を薄く焼いて、中に果物とか……すぐ再現できそう」
実習を長くやっていて、随分と空腹だったのだろう。
クレープ1個をぺろりと平らげてしまった。
んーおいし、と笑うアーネラは、普段見ている様子とは違う。
魔道国で過ごすうちに、随分とノエルとアーネラは地を出すようになった。勿論俺がそれを容認しているからだ。
俺が望まなければ、彼女達はすぐに奴隷としての仮面をかぶるだろう。
それだけの優秀さがある。
もしかすれば、俺よりもずっと頭が良いだろうな。
つまみ食いの為に、グラタンにスプーンを持って近づいたマステマは、代わりに燻製肉を挟んで焼いたバゲットを手に入れて戻ってきた。
食事を作る際は、マステマ用に盗み食い防止メニューが最初に用意されている。
ちなみに2度目をやると、小さい芋が1個だけの食事になるのでマステマは一度しかやらない。
躾とはこうやるのだろうか。
そうして勉学に励みながら日々を過ごす。
学園長の査問は存外本気だったのか7日経たないうちに行われた。
結果は黒、だったのだが。
一部の生徒と教官が興味本位で悪魔の祭壇を再現しようとした、と向こうから言ってきたらしい。
天使、及び悪魔の召喚は、やろうとした段階でどの国においても死罪だ。
これは国家が一つ消し飛んだ大きな事件が起きて以来、昔から変わらないルールである。
大陸全体でそう決まっている。自白する人間は普通いない。
だが、地獄研究会は生徒2人と教官1人を差し出した。
これで話は終わりとでもいうように。
尋問での結果は、更にひどい。
私がやりました、と延々と繰り返すらしい。
本人の意識があるとは思えなかった。
やはり、直接調べるしかないだろうな。
学園長側は更なる追求をしようとしたが、報告を受けた魔道国の政府に呼び出しを受けた。
地獄研究会はひとまず謹慎となり、研究会に所属していない教官の監視を受けることになる。
ルコラもそれに参加するらしい。
正式な解散命令は学園長が戻ってからになるようだ。
だが、これで解決するかは怪しい。
あの会は差し出した3人に全ての疑惑を被せてしまった。
あのちびっこ学園長は魔導士としては大したものなのかもしれないが、いささか動くのが遅すぎる。危機感が無い。着替え中に鍵もかけないし。
解散し、裏に潜られてからでは遅い。
俺はマステマを連れて、優良組の4年生が居る教室を訪ねる。
ノエルとアーネラも引き連れて。
招待を受けたのはノエルだからな。
周りからの視線は不躾なものだったが、ガキの視線はいちいち気にしない。
俺達を出迎えたのは、例の先輩であるセナ・イーストンだった。
※公開後、学園長の行動等が余りにも不適切であると判断しその後加筆、修正しました。
申し訳ありません。
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