第71話 誰が門を叩いたのか

 生徒のゾンビが右腕を振り下ろすと、氷の剣が一斉に降りかかってくる。

 だが、所詮はただの氷だ。


 そこに特別なものはない。


 火剣に触れた瞬間。高熱により氷の剣は蒸発する。

 向けられた氷の剣は全て消失させた。


 そして俺はゆっくりと歩く。


 周辺の気配はもうこの生徒のゾンビだけだ。

 氷の剣の第2射が装填される。


 先ほどより多い。

 だが、それだけだ。


 火剣を横一文字に振る。

 その際火剣の魔力を少しだけ解放することで、放たれた白化した炎が氷の剣を全て消し去る。


 そのまま壁に火が激突し、壁を少しばかり熔かして消える。


 生徒のゾンビの目の前に来る。

 本来のゾンビなら、此処で噛みつきに来るのだがそんな様子もない。


 虚ろな濁った眼で虚空を見ている。


 死体は新しいようだ。

 あまり腐敗していない。噛まれた後もなかった。


 燃やしてやりたかったが、そうもいかない。

 首を斬り落として、活動を停止させる。


 この生徒はなぜこうなったのか。

 1人でわざわざ不死の迷宮に潜ったのか?

 どうやら噛まれた後もない。


 行方不明になったのは入学して直ぐだったはず。


 奥にまだ部屋がある。

 マステマに2人を任せて進むと、奥の部屋はなにやら毛色が違った。


 ここだけ壁の色が少し黒い。

 そしてまた祭壇だ。


 だが、今回は少し嫌な気配を感じる。

 火剣で祭壇を斬る。


 嫌な気配が薄れた感じがした。


 これ以上は、何もなさそうだ。


 他の3人を連れて外に出る。


 外で待っていたルコラに詳細を話すと、少し深刻そうな顔をした。


「祭壇? そんなもの無かった筈なんだけどな」


 行方不明の生徒の事も話し、後の処理を任せる。

 実習の点は勿論加算された。


 ルコラは数人の教官と共に、死んだ生徒の回収に向かった。

 祭壇と共に回収されたようだ。


 調査は後日行われるとの事だが、余り大したことは分からないだろうな。

 祭壇から感じた、嫌な気配だけが気になる。


「なぁ、アハバイン」

「なんだマステマ」


 クローグスたちと別れ、家に戻る途中でマステマが尋ねてくる。

 マステマは鼻をくん、と動かす。


「匂いがする。ほんの少しだけ」

「なんだ、何の話だ」

「あ、消えた。前もこんなことがあったな。地獄の匂いがした」


 地獄。マステマが召喚される前にいた場所だ。

 悪魔の総本山にして、決してこの世と繋がってはならない場所。


「まさか繋がっているのか」


 そう聞くとマステマは首を横に振った。


「違う。私以外の悪魔が来たらすぐ分かるし、浸食が起きたらもっとわかりやすい。多分、誰かが地獄の門を叩こうとしたんだ」


 どうやら、地獄との接触を試みている者が居るらしい。


 そしてこの学園でそんな事をするのは、あいつ等しかいないだろう。

 火遊びが過ぎる前に釘を刺した方がよさそうだ。


 まだ日は明るい。

 学園長室に向かう。


 開け放つと学園長はブラウスを着ていた。

 こいつ、いつも着替えしてんな。


「ノックをしろ……」

「急いでいたんだ」

「まあいい、何の用だ」

「地獄研究会を解散させろ。ダメならさせる」


 俺の本題に、学園長は少し面食らったようだ。


「いきなり何を言うか。確かに彼らは些か過激な面があるが」

「まだこれから調べるところだが、あいつ等は地獄の門をたたいたそうだ」

「ぬっ……」


 学園長が黙る。

 地獄の門をたたく。これはつまり悪魔召喚の準備をしているという可能性がある。

 王国で行われた悪魔召喚は長い年月をかけて準備され、発動が止められなかった。


 あの幽鬼のような痩せた男は、最後こそ杜撰だったものの、あれは召喚自体が成功したから後はどうでもよかったからだ。

 恐らく今回と同じように祭壇なども用意されていたのだろう。


「既に教授の位を持つ教官も参加している。悪魔召喚の危険性は承知している筈だ」

「誰よりもそれを理解している連中に、このマステマは呼ばれた訳だが」

「ぬぬぬ……」


 そう。どれだけこっそり進めようとも、こっちには悪魔が居る。

 地獄との距離が近づけばすぐに分かる。

 流石に天使だの悪魔だのと三度目の戦いは御免だ。


 ……そこで引っ掛かりを覚えた。

 悪魔が居る。

 そう、既に召喚済みの悪魔が此処にいるのに、なぜ新しい悪魔を呼ぶ必要がある?


 新しい悪魔を呼ぶよりも、マステマを調査する方がよほど確実で安全なはずだ。


 祭壇は悪魔を呼ぶためではないのか?


 マステマに対しても、想定したより遥かに接触が少ない。

 地獄研究会には確実に悪魔だとバレている筈だ。


 あの優良組の上級生が、偶にマステマに話しかけに来るぐらい。


「分かった。とりあえず地獄研究会の人間を一度査問する。良い機会だ」


 学園長はそう言うと、俺達を追い出した。

 情報が足りない。


 恐らく学園長の査問はあまり意味が無いだろう。

 一度直接あいつ等の場所へ顔を出した方がよさそうだ。


 マステマも連れて行くべきか否か。


 そう考えているとマステマがズボンを握って俺の足を止める。

 振り返ると、屋台を眺めていた。


 薄い生地を焼き、そこに果物や牛の乳で作ったクリームを並べて包む食べ物を売っている様だ。


「食べたいのか」

「うん」


 俺は屋台に行き、おすすめを四つ注文した。

 ノエルとアーネラにも買って帰らないとな。


 屋台の青年は手際よく四つ用意すると、代金と引き換えに手渡してきた。


 一つをマステマに受け取らせ、残りを受け取る。


「ありがとうございました」


 青年は頭を下げ、礼を言ってきた。

 俺は礼を聞きながら背中を向け、歩き出そうとした瞬間。

 耳元に声が聞こえた。


「死がお前に迫っているぞ」


 急いで振り返ると、青年は頭を下げたままだった。


「どうした?」


 マステマが受け取った軽食を食べながら、急に振り返った俺を不思議そうに見ている。


 マステマには聞こえなかったのか?

 一体誰が……。


 周囲には気配がない。

 顔を上げた青年は、店じまいをするのか屋台を片付け始めた。


 俺は気味の悪さを感じながら、マステマを連れて家に戻った。

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