第66話 ちょっとしたアクシデント?

 天剣に手を伸ばす。


 そうすると女の教官は慌てた。


「ちょっと待った! 思わせぶりなこと言って悪かったけど、勘弁してよー。天騎士さん」


 なるほど。冒険者の俺を知っているという訳か。


「争う気はないからさ。有名人を見掛けて、ちょっと気になったから声かけただけ」

「そうか。ならもう行っていいか?」

「さっきも言ったけど、別にいいよ? 実力も分かってるし」


 言わんとすることは分かるが……。


「これも実習だろ?」

「簡単なもんだよ。最初の実習だし、落ちる方が難しいんだよー。

 アイテムのある場所までなら、出てくるのなんて襲ってこないスライムと吼えるだけの子犬の魔物だよ?」


 それは確かに。魔法を使わなくてもいいほどの内容だ。


「下級組の実習は、全部私が対応しててさー。

 あ、名前言ってなかった。ルコラって言うんだ。よろしくね。冒険者もやってたから、君の事はよーく知ってるよ」


 良く喋る女だった。

 放っておけば、何時までも喋るタイプだ。


 ニアも割とそういうタイプだったなと思い出す。

 家は荒らされてないだろうか。綺麗に使っていると良いのだが。


 冒険者出身なら、まあ俺の事を知っていても不思議ではない。

 自分で言うのはあれだが、俺ほど有名な冒険者も居ないだろう。


「他の奴に示しがつかん。特別扱いは不要な軋轢の元だ」

「うーん、それは確かに。おっけ。ちょっと喋りたかっただけだから。いっていいよ」


 そう言ってルコラは手を振る。

 まあ全く隠し通せるとも思っていなかった。

 というか別に隠してはいない。


 この国で有名な冒険者という肩書がメリットになることはなさそうだし、変な事にならないと良いが。


 迷宮に入る。


 灯りも整備されており、冒険者としての勘も全く危険を感じない。


 マステマは退屈しているようだ。

 さっきからボケっと天井を見ながら歩いている。


 頭にふと気配を感じたので、右手で振り抜くとスライムが弾けた。

 どうやら天井にいたスライムが落ちてきたようだ。


 敵意が無いので気付くのが遅れた。

 手についた酸すら弱い。ほぼ無害なスライムだ。


 マステマがそれを見て笑っていた。気付いたのに黙っていたなこいつ。


 右手を振って張り付いたスライムを振り払う。


 マステマがスライムの破片を摘まんで口に入れようとしたので、流石に止めさせた。

 腹は壊さないかもしれないか、いくらなんでも良くない。


 吼えるだけ吼えて逃げる犬を眺めながら進む。


 妙だな、誰ともすれ違わない。

 転送陣まで用意しているのだろうか?


 間違って奥に進んだとか? だがこういう実習なら導線もきちんとしている筈だが。


 マステマと一緒に、もはやただの散歩と化している実習を進める。


 そうすると、奥で下級組の生徒たちがたむろしているのが見えた。

 どうやらアイテムが置かれている部屋の前らしい。


「何をしているんだ? 奥に進まないのか」

「あ、アハバインのおっさん」


 俺はおっさんではない。


 クローグスがこっちに来て説明する。

 イマイチ要領を得なかったが、何かが奥にいるらしく、それでここにとどまっているらしい。


 仮にも魔導士の卵がこれだけ集まって見ているだけとは。

 情けない。


「見て見ろって。あれ見たらちょっと奥に進むのは躊躇うのが分かるから」


 そう言われたので見て見ると……、ああなるほどな。


 全身がねじれた女が、アイテムの置かれた祭壇の前で立っていた。


 どこに行ったのかと思ったら、こんなところに居たのか。

 見た目からして恐ろしい。それにあの怪異は強い。


 ここにいる魔導士の卵では全滅するのがオチだ。


 あのルコラという教官、恐らく下見もしてないな。

 まぁ、下見して遭遇したら下手すれば死んでいただろうから、悪運は良いのだろう。


 マステマが右手の親指を立ててサムズアップする。

 どうやら任せろと言いたいらしい。


 まあ一度撃退しているしな。


 生徒たちが移動して道を空け、マステマが部屋に入る。

 今度はメンチの切り合いではなく、平和的な交渉のようだ。


 暫く話し合った後、全身がねじれた女の姿が消える。


 マステマが戻ってきた。


「行く場所が無いからここに来たらしい。見た目が怖いから実体化は止めておけと助言した」


 恐る恐る女子の生徒がマステマに尋ねる。


「えっと、それって……つまりあれは幽霊?」

「そうだ。他に何に見える?」


 次の瞬間、絶叫が響いて大勢の生徒が我先にと逃げ出してしまった。

 まぁ、子供には怖いかもしれないな。


 ルリーゼだけが残る。

 クローグス、お前も幽霊が怖いか……。


「襲ってはこないの?」

「うん。私が学園にいる間は大人しくするって。私と争う気はないから見逃してほしいらしい」

「おー、凄いねマステマちゃん。もしかして高名な司祭様とか?」


 褒められて上機嫌なマステマはふすーっと鼻息を吐いた。


「違う。私はあ――」


 頭に手刀を当ててして黙らせた。


「何をする」

「こいつは昔から霊感があるんだ」


 そんなものはない。霊感よりよほどたちが悪い。なんせ悪魔だ。


「そうなんだー! マステマちゃんは霊と仲がいい子なんだね!」


 ルリーゼは信じてくれたようだ。流石に悪魔と言って信じる人間は例の集団位だろうが……こいつが頭のおかしい人間扱いされるのも不憫だ。


「そうそう。それじゃあアイテムを持って帰ろうな」

「分かった。退屈だし」

「はーい。皆もアイテムは持って帰ればよかったのに」


 そう、結局アイテムの玉を持って帰ったのは俺達3人だけだった。


 教官のルコラはアクシデントに対して、それを対処するのも魔導士だと高尚な事を言ってごまかしていた。


 それで騙されるのは純粋なルリーゼと、女に免疫が無いクローグス位だろう。

 いやよく見るとクラス全体が納得しているな。


 それでは苦労するぞ……大人は平気でそれらしい事をいって誤魔化すからな。

 今でこそ腹を割って話しているが、当初は皇女様の言い回しに苦労させられたものだ。



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