第65話 講義、学食、実習

 教官からの講義を聞く。

 隣のルリーゼは一生懸命に、話の内容や黒板に書かれている内容をノートに書き写している。


 この国では紙の量産化に成功しているので、こうして気軽にノートに文字が書ける。

 帝国では、文字を書ける人間がどれだけいるのだろうか。

 一般市民でも、仕事で文字が関わらなければあまりいない。

 名前は書けるだろう。


 だからか魔道学園の卒業者は要職に就くことも多い。


 だが、そもそもこういう教育機関もない。


 学べる場所は私塾のようなものだけで、それも金がかかる。


 俺は冒険者になって金を手にしたとき、真っ先に文字と数字を習った。

 学が無ければ、冒険者が出来なくなった後にまた貧困に戻ると思ったからだ。


 結果的に金勘定に繋がった。


 ……そんな事を思いながら講義を聞く。

 一応ノートも準備したが書き写していない。


 最初以外は、魔導士対策を行った際に知った事ばかりだからだ。

 マステマはというと、頑張って寝ずに起きていた。


 アーネラから、夜眠れなくなるから講義中に寝るなと厳しく言われたらしい。

 代わりにおやつの飴を持たされており、こっそり舐めていた。


 それをわけてもらう。

 甘酸っぱい飴だった。


 俺も飴を舐めていると、マステマが小声で呟く。

 一応、講義だと言うのが分かっているのか……いや、ただ単に口の中に飴があるから声が小さいだけだ。


「なぁ。アハバイン。なんでこんな無駄な事をしているんだ?」

「何がだ?」

「効率的な運用だ。別にいくら使っても使いきれないから適当でいい。すぐに次が撃てるし」


 頭を抱える。

 こいつは悪魔であって人間ではないから、基準が悪魔になるのは仕方ない事ではあるのだが。


 この世界に適応したとはいえ、悪魔であるマステマは呼吸するだけで魔力が補充されるインチキのような体を持っている。


 それで回収できる魔力は、マステマの本来の魔力量からすれば大した量ではないが、それでも熟練した魔導士に換算すれば果たして何人分だろうか。

 10では足りないだろう。


 これで地獄とのリンクが切れていて大きく弱体化しているのだから、まさに存在自体が反則なのだ。


 地獄とのリンクが正しく接続されれば、マステマの魔力は完全に満たされる。

 そうなれば、もはや俺でもどうにもならない。


「それはお前だけだ。人間はそんな事は出来ない。魔力をなんとかしても、体が壊れるし」


 そう、魔法を過剰に使えば今度は体がもたない。

 魔力を魔法に変換する際、全身を一度魔力が巡るのだ。


 それにどれだけ耐えられるかも才能である。


 天剣を全力で使うと、俺がボロボロになる原因の一つでもある。


「不便不便。人間は不便だなぁ」


 マステマはそう言って飴を噛み砕く。

 そしてその音で教官にバレた。


 人間が不便なら悪魔は間抜けだ。


 幸いというべきか、緩いと言うべきか。

 音を立てるなという注意で終わった。


 休憩を挟みながら朝の講義が終わる。

 初級も初級だが、疲れ切っている生徒が多い。


 まあ頑張れ。


 マステマは残念ながら途中で寝てしまった。

 飴が切れてしまえば、仕方ないと思うべきか。


「起きろ、飯を食うぞ」

「んん、おー」


 クローグスとルリーゼと共に食堂へ向かう。

 お弁当を作りますか? とノエルやアーネラは聞いて来たのだが、あの二人は優良組だ。

 講義の内容も落ちこぼれ……下級組とは別だろう。


 あちらに集中できるように断った。


 学食は大皿に盛られた料理を自分でよそう形式だ。

 そして食事の料金は無料だ。


 高額な学費に学食利用費も含まれているからだ。


 体が資本の俺はバランスよく、そして大盛に。

 クローグスは肉をひたすら盛る。


 ルリーゼは女子らしく、フルーツとパンケーキに……クリームの量が凄かった。


 マステマは意外にも肉が多い程度でそれなりの盛り付けだった。


「おかわり、自由」


 そう言ってマステマは右手の人差し指を指し示す。

 そこには確かにお代わり自由と書かれていた。


 ああなるほど、こいつはお代わり前提で盛り付けたからほどほど、という訳か。


 始めの頃、食欲は旺盛でも見た目通り小食だったのだが、食事を魔力に変換できると気付いてからはガッツリと食べるようになった。


 放っておくと幾らでも食べてしまうので、アーネラは制限を言い渡している。

 制限を破ると芋1個の食事になるので、マステマはそれを守っていた。


 とはいえここにはアーネラは居ない。


「三回までだ」

「ん、分かった」


 そうして席に座り、食事を食べる。

 味付けは……まあまあだな。


 特別美味いという訳ではないが、普通に食える。


「何時になったら実習するんだろうなー。講義なんてめんどくせーよ」

「もう、講義を聴くのも頑張らないと、試験で落とされるよクローグス君」

「どうだろうな。魔導士は理論と言っていたが、結局実力主義だ」

「はむっはむっもぐっ」


 マステマはひたすら食べている。


 弱い者がどれだけ言葉を並べても、強い者の方が言葉が重いのだ。

 何を言ったかではなく、誰が言ったか。


「あの教官がどれだけ魔導士としての高みにあるか次第だな」


 その辺の人間と、帝国の皇女様の言葉の重みが違うのと同じことだ。


 マステマがあっという間に食べ終わり、紙ナプキンで口を拭うとお代わりしに行った。


 クローグスも負けじとお代わりをしに行く。

 俺はよそった分は食べ終えたが、余り食いすぎると眠い。


 冒険者のころに比べて運動量も少ないからな。

 筋肉がある程度あれば太らないと言われているが、これ位で十分だろう。


 マステマが三回分お代わりして、それを食べ終えるのにそう時間はかからなかった。

 クローグスは無理して二度目を行こうとしてルリーゼに止められていた。


 午後は教官が入れ替わる。

 どうやらクローグスの望み通り、実習が行われるらしい。


 魔道学園内の迷宮、それも初級に案内される。

 こんなのまであるのか。学園自体が広い訳だ。


 しれっと遅刻した1人が混じっていた。

 まあ構わないが。


 二人一組でペアを作る。

 内容は迷宮の奥に置かれている、実習用に用意されたアイテムを取ってくること。


 取ってこれればそれがそのまま点数になるらしい。


 魔力をきちんと節約すれば簡単だよーと、若い女の教官は説明し、早速先頭から出発していった。


 ルリーゼとクローグスが組んだので、俺はマステマと組んだ。

 手を振ってくるルリーゼを見送り、少し経った後に俺達の番がくる。


 俺達が最後だ。


 いざ入ろうとすると、止められた。


「君にこの試験は必要ないかな~。入らなくても点をあげるけど、やる?」


 若い女の教官は俺を見る。

 この女はどうやら、俺を知っているようだ。

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