第53話 慌て者の少女

 地図を眺めながら魔道学園に向かっているのだが、なんというか魔道学園、国の広さに対して大きすぎないか?

 いくらノウレイズ魔道国そのものが小さい国としても。


 地図の一部が丸々魔道学園の表記になっている。

 これは国の10分の1近くの大きさに見える。


 これが本当なら、魔道学園に対しての力の入れようは異常と言えるだろう。

 他の国では絶対にできない。


 魔道学園の学園長は、この国の魔道大臣を兼ねているという話も聞いたことがある。


 魔導士育成にほぼ全てのリソースをつぎ込んでいるからこそ出来る無茶だ。


 今でこそ魔道列車をはじめとした成果物が生まれており、それら一部を販売、貸出することで膨大な利益を上げているが一歩間違えば国として破綻していたのは間違いない。


 結果的になんとかなったというべきだろう。


 だからこそカスガルのようなずば抜けた人間が出てきたのかもしれないが。

 カスガルはこの国で大成したにもかかわらず、揉めて帝国に来た。


 カスガル曰く、余りに自由がないらしい。


 もしかしたら魔道学園内にも使われていない建物があるかもしれないな。

 そこを買収した方が拠点を準備するのは早いかもな。


 魔道学園の境界線に当たる部分に到着する。


 高く柵に覆われ、中に入れないようになっている。

 いやこれはむしろ中から外に出れないための設備に見えた。


 中ではゴーレムなどが作業しているのが見える。


 立派な大きな建物を中心に、かなりの建物が設置されている。

 街の規則正しさとは違い、魔道学園内は乱雑な混沌と化している印象がある。


 魔道の為には見栄えを気にする暇はないといったところか。


 俺達が眺めていると、横から少女が走ってくる。

 何やら急いでいるようで、前も碌に見ておらずそのまま俺に突っ込んできた。


 しかもこけて倒れ込んでくる。ドジな少女だ。

 そのまま衝突……させる訳もなく、首根っこを掴んで引き上げる。


「わっわっ!? なんですなんです?」

「その前に一言あるんじゃないのか?」


 そう言うと、オレンジ色をした髪のいかにも活発そうな少女は瞬きしながら俺を見る。

 髪の長さはロブといったところだ。好みから少し外れている。

 どうやら状況の把握も出来ていないようだ。


 冒険者ならもう死んでいるぞ。

 まあ見た目は魔導士だし、この魔道学園の生徒なのだろうが。


 先ほどの服屋で安物と言っていた服を着ている。

 それに着慣れていない感もある。もしかしたらこれから入学する予定なのかもしれない。


「あー……その、ごめんなさい。私結構慌てやすいみたいで、人と良くぶつかるんです」

「迷惑だから気をつけろ」

「あ、はい。気を付けます」


 というか俺の奴隷二人ならまだしも、もしマステマにぶつかったら跳ね返されて頭をうつぞ。

 この手のタイプは口で言っても本人が気を付けても中々改善しないから、言っても無駄なのだが。

 経験上命の危険を身に沁みさせないと治らない。


 とりあえずぶら下げたままというのもあれなので、首を放してやる。

 着地するだけなのになぜかオーバーリアクションでふらつく、大丈夫なのか?


「私急いでて、ぶつかりそうになったのは本当にごめんなさい。私ルリーゼって言います。今度何かお詫びします」


 そう言ってルリーゼは頭をぺこぺこさせて走り去っていった。

 そしてこけた。そのまま起き上がってまた走っていったので、頑丈ではあるらしい。


 やる気が削がれた。

 とりあえず近くにある宿を借りるとしよう。


 宿に入ってみると、ノエルと同じくらいの年齢の少女が走ってきて頭を下げる。


「いらっしゃい! 陽だまり亭にようこそ。泊まりですか?」

「ああ、四人で泊まりたいんだが」

「えっと……雑魚寝できる大部屋と二人部屋がいくつか空いてるのですが」

「二人部屋を二つ借りる。とりあえず一週間借りたい。幾らだ?」


 提示された額を払う。

 先ほどの服屋で増えた銀貨が減らせて丁度良かった。


 部屋割りは、とりあえずアーネラにマステマを任せる。

 俺はノエルと同室だ。快適に過ごせるだろう。

 マステマと一緒に寝ると夢見が悪い。いやあいつが忍び込んでくるのだが。

 というか抱き着いてくるのは良いが、寝ていると力の制御が甘くなって締め付けてくるのが辛い。


 アーネラと寝る時はそうでもないらしいので、ただ単にサボっているのだろう。

 こいつめ。


 マステマを睨むと、なぜか勝ち誇った顔で鼻で笑った。

 俺は脱力する。


 宿の確保も終わったので、部屋に荷物を置いておく。

 こういう時に防犯用の魔法が使えたら便利なのだが、今まさにこれから習うからな。


 まあ部屋に誰か居れば問題ないだろう。


 俺はベットに腰かけると靴を脱ぎ、ローブを脱いでノエルに渡す。

 ノエルが自分のローブと俺のローブを木で作られたステンドのフックに引っ掛ける。


「俺は一度寝る。観光したいならしてきていいぞ」

「宜しいのですか? 実は少し興味があって」

「好きにしろ。財布も持っていけ」


 そう言って財布を渡す。

 丸ごと渡されるとは思わなかったのか、ノエルは驚いて少しだけ慌てた。


 俺はさっさと寝る。


「それでは行ってきます。マステマとアーネラも誘っていいですか」


 手だけ上げて返事する。

 扉が閉められ、久しぶりの一人でゆっくりできる睡眠を楽しむことにした。


 まあ、あの三人なら問題ないだろう。



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