第31話 俺が勝つ為には

 黒い炎は見るからに邪気にまみれており、人間が浴びればいろんな意味で助からない。

 俺はマントで身を包んだ後、マントの能力を発動させる。

 黒い炎がマントに接触する瞬間、マントだけを残して俺は少し離れた建物の上へ転移した。


 一瞬でマントが燃やし尽くされ、地面には呪いが蔓延る。

 ……住民が居たら酷いことになっていたな。

 王国の魔導士達は俺が戦っている間に上手く運び出したようだ。


 あのマントも龍のブレスに耐えられる代物だったんだが。

 使い捨てるには惜しい魔道具ではある……。

 手持ちの魔道具を浪費する事でなんとか持たせているようなものだ。


 マステマは俺が居ないことに気付いた。

 そして、俺の居る場所へ振り向く。

 そして地面を蹴ってこちらへ向かってきた。


 わずかな時間も稼げないか。


 蹴られた地面がえぐれて土煙が出ている。

 移動する災害だ。


 俺は雷剣を仕舞い、懐から投擲用の短剣を取り出して投げる。

 マステマは避けさえしない。

 当たった瞬間に嵌め込んだ魔石が反応して自爆し、大きな爆発が起きる。


 俺は何本も続けて短剣を投げる。爆発が続けて起きるのだがマステマは意に介さない。

 目に短剣が当たっても眼球が短剣を弾いたのを見た時は、余りにおかしな光景で笑いが出た。

 かなりの威力がある筈なのだが、勢いを殺すことすら出来ない。


 マステマが眼前に来る。大きく右腕を振りかぶった。

 俺は天剣を両手で握り、それを受ける。

 巨大な衝撃が全身を襲う。


 全力で踏ん張ったが、建物ごと地面へと押し込まれる。

 地面に両足が付き、陥没する。


 ゆっくりとマステマの右腕が俺に近づく。

 剣が押し込まれる。

 限界まで引きつけ、俺は力を抜いて仰け反りマステマの右腕を躱して首を斬る。


 皮膚を裂き、肉に届く。

 だが、そこまでだ。


 例えるなら巨大な木を手斧で折るような感覚。

 どれだけ打ち付けようと、致命打には程遠い。


「頑張るね。人間の名前を聞いてなかった。教えて?」


 首を斬られた状態のまま、マステマは名前を聞いて来た。


「覚えておけ。アハバイン・オルブストだ」

「アハバイン。明日には忘れるかもしれないけど、覚えておくね。もういい?」


 首に当たっている剣をそのままマステマが握る。

 焼けるような音がするが、今度は放さない。

 そのまま黒い火が剣を通って俺へと向かう。


 止む無く俺は天剣から手を放した。

 天使の加護が解かれる。負荷が襲ってきた。


「ふふ。忌々しい天使の力も無くなっちゃったね」


 マステマが剣を後ろへと捨てる。

 俺は動けない。


「下級悪魔なら、もしかしたら倒せたかも。凄いよ。アハバイン」

「そいつはどうも、お前も倒されてくれたら良かったのに」

「ダメ。いくら弱くなっても、人間なんかに負けてあげない。魔王様の所へ戻らないと」


 空は赤が3割、青が7割といったところか。

 あと数時間もあれば世界の浸食が進み穴が生まれるだろう。

 そうすればマステマは向こうから力を吸い上げることが出来る。

 魔力切れも起きなくなる。


 軍隊だろうと、神獣だろうと等しく塵芥にされる。

 その力でこの世界を滅ぼして、後は穴が大きくなるのを待つのだろう。

 俺は目を閉じる。


「諦めた? 仕方ないよ。そうだ、天使の剣で止めを刺してあげる」


 マステマは放り投げた剣を拾いに行く。


 俺はまだ目を閉じている。

 少しでも体を休めなければ。


 直ぐにマステマが戻ってきた。


「そういえば、天使はどうやって倒したの?」

「なんだよ、聞きたいのか」

「私に傷をつけたのは天使の力であってあなたの力じゃない。どうやったの」

「……創世王の武器さ」


 それを聞いた途端、マステマの笑みが消えた。

 当然だ。もしそれがここに残っていれば勝つのは俺だからな。

 創世王。この世界を生み出した神。その神が残した武器はあらゆる次元を超える。

 残念ながら武器の中にある力を消費する所為で一度だけの使い切りだ。


 度重なる偶然の末に創世王の武器を手にしていた俺は、それを天使に使うことで勝利した。


「まだ残っていたんだね。もうないの?」

「ある訳ないだろ。あったら使ってる」

「そう。見てみたかったかな」


 話は終わりだ、というかのように天剣を両手に持って剣先を下に向ける。

 俺の腹の位置だ。


「お疲れ様」


 そしてマステマが天剣を持つ両手を下ろした。

 天剣が鎧を貫通し、腹へと刺さる。


 激痛が襲う。心臓はどうやら逸れたようだが、このままなら長くはもたない。


 地面に縫い付けるように奥まで天剣を差し込む。

 それで終わった、と判断しマステマは俺から顔を逸らして空を見る。


 ようやく。ようやくマステマの意識が完全に俺から逸れた。

 強者故の油断。驕り。傲慢。慢心。きっと、この美しい少女は負けたことなどないのだろう。魔王に次ぐ力で勝ち続けてきたのだろう。


 俺は細心の注意を払い、一本のダガーを取り出す。


 マステマが歩き出そうとする。

 まだ射程圏内だ。


 俺は腹に刺さったままの天剣を稼働させ、ダガーを後ろからマステマへ刺す。

 マステマは反応が一瞬だけ遅れ、回避できない。

 あるいは大したことが無いと思ったのか。

 アンオブタニウムで作られたダガーは、今までにないほど深く刺さった。


 ようやく、これで勝利の条件が整った。



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