第30話 悪魔の名前
天使による加護がどれほどのものか、何度か試したことがある。
今まで天使の加護を使うときは俺への負荷が少なく、効率のいい最低限の加護ばかりを使ってきたが、最大の加護は成体した竜種すら超える力だ。
当然ながら、加護の一部を体の保護に回してもそのダメージは計り知れない。
一度だけ限界まで挑戦したことがあるが、加護が切れた後は数日間碌に動けなかった。
それから更に体を鍛えなおし、少しは改善している筈だがあまり使いたくはなかった。
膨張する力が所狭しと俺の中を暴れる感覚。
全能感に包まれていた先ほどに比べて苦痛極まりない。
それだけの相手なのだ。そうしなければならない相手なのだ。
目の前の悪魔の少女は。
雷剣を抜く。
右手に天剣。左手に雷剣。今の俺の膂力であれば二刀剣法の弱点は意味をなさない。
「魔力に注意して。この加護は長く持たないよ。君も魔力も」
「黙って力を寄こし続けろ」
「はいはい。天使使いが荒いね」
それっきり天使の幻像は黙った。
俺は戦いに全神経を集中させる。
視線が……合わさる。
その瞬間、先に動いたのは俺だった。雷剣の力を加護に載せることで加速する。
悪魔の背後を取り、そのまま両手の剣を背中へ切りつける。
堅いゴムのような感触の後に、俺の剣は悪魔の背を裂いた。
通じる。これなら戦いようもある。
悪魔は振り向かず、地面を大きく蹴った。
その威力は地面を陥没させ、俺の体勢も崩れる。
一瞬の事だった。即座に体勢を戻そうとするが、悪魔は振り向きながらその爪を俺に向ける。
崩れた姿勢のまま後ろへ飛ぶが、爪が胸のプレートに掠る。
まるで柔らかくなったバターをナイフで削るように、胸のプレートがえぐれた。
これミスリル製なんだけどな。悪魔からすればミスリルもその辺の石も変わらない、か。
剣を振り払い、血を払う。
この血だけでどれだけの価値があるだろうか。
再び構える。両手の剣で突きの構え。
雷剣に魔力を流すことで全身が帯電する。
俺の魔力と天使の加護の力の圧力で周囲が歪む。
悪魔が僅かだが眉を吊り上げる。
ようやく少しばかり意識してくれたようだな。
背中にある羽を羽ばたかせ、空を飛ぶ。
「飛ばせるかよ!」
悪魔が宙を浮く前に天剣と雷剣を悪魔の両肩に突く。
音を超えた速さでの突きは、悪魔の肉体の抵抗を超えて貫くことに成功した。
このまま両腕を!
全力で上へ剣を滑らそうとしたが、微動だにしない。
悪魔がその筋力で剣を止めているのだ。
悪魔はそのまま羽を再び羽ばたかせて空へ浮く。
剣を刺した俺ごとだ。
瞬く間に地上が遠くなる。
浮遊の魔法は一応使えるが、この高さではいくら天使の加護があるといってもあまりに危険すぎる。
悪魔と見つめ合う格好になった。
また一枚呪い対策のコインが砕け散る。
「奇麗な面してるよなお前。名前はあるのか?」
「不思議な人間。天使を従えてるの? どうしてこれほど抗える? いいよ。教えてあげる」
悪魔が初めて微笑んだ。それだけで魅了の魔法に匹敵するほどの美しさだ。
「私は魔王様に仕える将の一人。敵意と憎悪を司る悪魔。マステマ」
「大物ではないですか」
天使が喋る。
俺は悪魔の名前など知らないが、天使からすれば随分と大層な存在のようだ。
「良かったね、人間。地獄なら目が合うだけで殺せたよ」
「おいおい、随分と粋がるじゃないかマステマ。ここは生憎地獄じゃない。本来の力が出せなくて不満なんだろうが――」
俺が最後まで言い終わる前に、マステマは突き刺さった剣を引き抜く。
痛々しい傷はすぐに再生が始まり、傷痕は見る見る消えてしまった。
剣は握りしめたままだ。
加護を増しても力では負ける。
雷剣に魔力を流して雷を食らわせてみたが、表皮に弾かれた。
「魔王様がこんなところに居るわけない。私を呼び出した責任は取ってもらう」
「お前を呼び出した奴は真っ先に頭を潰したじゃないか」
「あんなのだけじゃ足りない。地獄に戻るだけの魔力が必要」
「随分と饒舌になったな」
「敬意を示してあげてる。弱い弱い人間が良くここまで頑張ったね」
マステマは両手に剣を握ったまま上へ振り上げ、そのまま下を見る。
「おい、やめ」
そして、その馬鹿みたいな力で俺を地面へ向けて空から投げ捨てた。
碌に呼吸すらできない速さで地面へと落ちる。
浮遊の魔法は落ちる速度が速すぎて打ち消される。
遠かったはずの地面が瞬く間に近づき、俺は止む無く指輪を一つ取り出した。
大気をつんざく衝撃音と共に、俺の落下地点にクレーターが生まれる。
全身骨折か、いや加護込みでもこれは死んでいたな。
俺は取りだした指輪を見る。
いかなる物理的衝撃も一度だけ無効化する魔道具だ。
セイフティリング。魔法には効果がないし、一度使えば魔力を補充するまで効果が消える代物だが、なんとか助かった。
これ一個で家が建つ代物だ。
奴隷二人にももたせてあるがな。
俺を追うようにしてマステマが降りてくる。
無傷の俺に少し驚いている様だ。
「おい天使、魔力はどうだ」
「向こうは一割減ったかな。こっちはもう半分もないよ」
「そうか」
先は長いようだな。
「面白いね。もう少しだけ遊ぼうか」
マステマが大きく息を吸う。
これは龍殺しの時に散々見たな……ブレス攻撃か!
俺はマントで身を包む。
黒い炎がマステマの口から吐き出された。
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