僕と君と宇宙の秘密

月見窓

僕と君と宇宙の秘密

 彼女は宇宙人なのだと思う。夕暮れの空を見上げるその瞳は、キラキラピカピカと虹色に輝いていた。

 隣の席に座る天城そらは不思議な笑顔の女だった。授業中も先生の言葉に口角を上げていたし、授業でなくとも口元を綻ばせていた。彼女がどうして無意味な笑顔を振り撒くのか、僕には全くもって分からない。

 ムッと唇を尖らせながら僕は隣の彼女を盗み見る。やっぱり彼女は薄っらと笑みを浮かべていて、その笑顔の理由は分からなかった。気味が悪い訳ではないけれど、どうしたって得体が知れないからきっと彼女は宇宙人だ。

 彼女は理科の時間が好きらしい。それは理科の時間だけいつも上がっている口角が、更に角度を付けているからだ。彼女は理科の先生の話を聞きながら時折、授業とは違う単元のページを開く。先生から隠す様に開かれた所は天体や星の事が書かれたページで、教科書よりも少し大きな資料集の見開きに小さな銀河は広がっていた。僕は彼女の手元に視線を落とす。

 土星の輪をなぞり、木星の模様を撫で、太陽を突く。彼女はこの小さな小さな銀河系の中で遊んでいた。途方も無い距離の往来を繰り返し、指先はバレエを踊る。

 きっと太陽系よりも何光年も離れた何処かの星を既に征服して、満を持してここへ来たのだ。今考えているのはこの太陽系の支配だろう。多分、そう。彼女は地球を乗っ取るために地球を学んでいる狡猾な宇宙人だ。

 宇宙人である彼女は太陽系支配の先駆けとして、まず手始めに地球を乗っ取るために沢山の事を学ぼうとしている。僕達と同じく訳の分からない勉強をして、運動する。宇宙人なのに長距離走では三周目で息が上がっているし、逆上がりは出来なかった。運動は大して上手くないのに、バレーボールのレシーブだけは矢鱈と上手かった記憶がある。

 彼女は僕達と同じくご飯に一喜一憂して、それを食べる。彼女はひじきが苦手でよく眉間に皺を寄せていた。逆に好物は唐揚げで、ニコニコといつもより少しだけ楽しそうな笑顔をして大きな物を一口でペロリと平げてしまう。宇宙人なのに食べ物の好き嫌いがあるし、表情もコロコロ変わる。これはきっと愛嬌良く人間らしく振る舞う事で油断させようとしてるのだと思う。僕は騙されない。

 今日も今日とて口元に笑みを浮かべながら授業を聞く天城そらを監視する。彼女が宇宙人である事を知っているのは僕だけなので、ちゃんと見ておかなければならない。地球の平和は僕の双肩に掛かっている。

 教科書に目を落とすフリをしながら彼女を監視していると偶然、彼女と視線がぶつかった。僕は弾かれた様に目を逸らす。やばい、バレてしまった。

 ふと、肩に何かを感じる。チョンチョンと優しく触れてくるので顔を向ければ、天城そらは黒い瞳を細めてニヤリと笑っていた。彼女はリップクリームのせいでテラテラと光る唇を動かし、僕にしか聞こえない様な小さな声で囁いた。

「あはは、見過ぎだよ」

 そう言う彼女の化粧っ気の無い頬はほんのりと赤らんでいた。僕に笑い掛けた後、彼女は再び黒板に意識を向ける。

 ほら、見た事か。やっぱり天城そらは宇宙人だ。宇宙人じゃないのだとしたら、僕の心臓がバクバクと脈打つ理由が分からないだろ。熱くなる頬を手で隠しながら僕は静かに深呼吸をした。

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