第48話 決着
「恵体オークキングデーモンを召喚!!」
コストをすべて使い、筋骨隆々の人型の豚に、悪魔の羽が生えた気色の悪いカードを声高に召喚する九里。
あれは紛うことなく強力なラストアディショナルのカードだ。
「センパイのガード効果を持ったカードを全部破壊します!」
「くっ!」
次ターンへ持たせるために張っていたガード持ちが、すべて破壊される。
「一斉攻撃!」
九里のフィールド上のモンスターのATK総数は俺の残りボルテージを上回る。
総攻撃を受ければ、負けの状況。
九里は勝利を確信して、次々に攻撃を仕掛ける。
「これでおしまいです!」
そしてトドメの一撃を放つ、そのタイミングで。
俺の手元にある最後の一枚の手札を切る。
「トラップカード『貞操帯』発動。相手モンスターの攻撃を一度止める」
「およ?」
手札を使い切り、敗北を寸前で回避。
九里は不意を突かれた顔で固まる。
「あれ? その手札、アディショナルじゃなかったんですね」
「予想が外れたか?」
「はい、センパイの最後の手札が今回のアディショナルなら攻撃が邪魔されることはないとわかっていたので仕掛けたんですが、まさか止められるなんて」
セオリー通りなら、大事に持っているカードは強力なアディショナルと睨んでいたのであろう。偶然ではあるが、その予想を俺は外したようだ。
でも、と九里は続ける。
「どちらにせよ。次のドローで終わりです。たった一枚でこの状況を覆すことのできるカードは……」
九里の言葉がそこで止まる。
アディショナル含めた全カードを把握しているこいつは、その事実に気がついたらしい。
「……あるんだろ」
「…………はい。でも、そんなまさか……」
「偶然じゃないさ。俺はずっとこれを狙っていた」
「――――!?」
負けの可能性を意識した九里の顔がこわばる。
ラストアディショナルカード『IQ300の美少年エルフ・源一郎』。
相手フィールド上の最大ATKのモンスターと同一のATKに変化し、更に召喚したターンに攻撃もできる逆転性の高いカード。
『恵体オークキングデーモン』のATKがコピーできる今のフィールドで出せば、一気に俺の勝ちだ。
「九里……。お前は経験も才能も桁違いで、ちょっと囓っただけの俺よりも『セクバ』はずっと強いよ。だけど、それとは別に俺は、お前に勝てるだけのアドバンテージを持っていたんだ」
「そ、それはどんな……」
「お前のことをよく知っている」
それこそが、俺が持つただ一つの優位性。
「たった数日かもしれないが、俺はお前のたくさんの側面を見てきた」
もし相手がネット対戦中にマッチングしたKurikoだったら俺はきっと勝てなかった。
だが、俺のよく知る九里だからこそ、掴める勝機もある。
「最後のアディショナルを選ぶとき、俺はすぐにお前が選ぶであろうカードがわかった。だから、10秒でそれに勝つカードを選べた」
最後のアディショナルは『オーク』、『太ったおっさん』、『エルフ』。
その中で、九里が選ぶとすれば、
「まず、イケメンの『エルフ』は論外。お前はイケメンが嫌いだからな。それに前に『オークに犯される妄想をするときオークっぽい人じゃ満足できない』と言っていただろ。だから『おっさん』も除外できる。お前が選ぶのは『オーク』だ」
「そんなこといいましたっけ?」
「言ったんだよ、自分で」
日頃から性癖をベラベラ喋っていたおかげで、九里が選びそうなカードはすぐにわかった。
「でも、カードの効果を見て選ぶかもしれないじゃないですか! 絶対に自分の好みのカードを選ぶとは限らないんじゃ……」
「いいや、お前は遊び心を隠せないタイプだから、きっと好きなカードを選ぶね。ビリヤードで六瀬と勝負したときも、目的を忘れて俺を誘惑してたし。今だって、なんだかんだ楽しそうにゲームをしてるじゃねぇか。その場その場で楽しそうなことがあれば、お前は必ずそれに乗っかる」
「うっ……」
思い当たる節があるのか、九里が呻く。
「次のドローで『源一郎』を引けば、俺の勝ちだ」
「センパイ……」
九里は引いてくれるなと祈るように、目を瞑る。
きっと九里は俺のためを思って勝負までしてくれている。その想いはしっかり届いている。
ありがたいことではあるが、それでも、俺にも譲れない意地がある。
どうかわかってくれることを期待して。
俺は山札をスライドし、カードを引いた。
◇ ◇
観覧車から降りてくる二人を、雑木の陰から、こっそりと覗く。
初々しい笑顔の盆田と白雪。
白雪の決死の告白は、上手くいったらしい。
「……納得いきません」
すぐ隣で、ダークアッシュの後輩がボヤく。
「約束だろ。俺が勝ったら大人しくしてるって」
そう諫めるが、どうしても納得ができないようで口を尖らせる。
「いいんですか、二人、イチャついてますけど、悔しくないですか?」
「そりゃ心にくるものがあるが……。けど、やっぱりこれで良かったと思う。なにより白雪が嬉しそうだ」
「……今にも泣きそうなくせに」
たしかにめちゃめちゃ泣きそうだ。
けど、今、俺の心を占めているのは、それだけじゃない。
「人間関係なんて流動するものだ。なくなるものもあれば、手に入るものもある」
親父がいなくなった後、れおちゃんに出会えたように。
自分が正しいと信じる選択を続けていれば、きっと後からついてくるものもある。
この騒動で白雪は遠くにいってしまったとしても、どこかの変態後輩と縁はできたりもする。
……プラスマイナスで言えばマイナス寄りだが、失う一方では無かったというわけだ。
九里をジッと見ていたら、何かを察した様子で俺に抗議をしてくる。
「なんですか? 理梨さんの次はアタシを狙ってるんですか? もしかして、顔が良くておっぱいがデカければ誰でもいいんですか?」
ふざけるな。どういう捉え方だよ。
「おいおい、俺がそんな節操のない人間に見えるのか」
「見えます」
「おい……」
何はともあれ、仕切り直しだ。
週明けからは清滝も学校に来るだろう。
これでクラスの危機は脱するはずだ。ひとまずは落ち着ける……。
…………いや、待てよ。白雪と盆田が付き合っていることがもし
……………………今は考えないようにしよう。何も考えず家に帰って、れおちゃんの夕飯を作ってあげよう。
軽い現実逃避中の俺に、同様に何かを思案していた九里が首をかしげつつ疑問を投げかけた。
「そういえば、何か大事なことを忘れている気がしませんか……?」
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