第44話 追憶
5年前、親父が失踪した。
本当に何の前触れもなかったので、俺も母さんも、ただただ困惑するしかなかった。
家には、傍迷惑な置き土産だけが残された。
親父がいなくなって、宇宙人の侵略を受けて、母さんはボロボロで、家庭は崩壊。そのときの俺の生活は滅茶苦茶だった。
自宅への足取りが重くなり、日が暮れるまで外で過ごすことが多くなった。
そんな日々の中で、ある日、廃業したテーマパークを訪れた。
一度だけ、幼い頃に家族三人で、このパークで遊んだ記憶がある。親父は仕事人間でほとんど遊んでくれなかったが、その日は珍しく仕事が休みで、俺に『どこかに遊びに行きたいか』と尋ねた。
後にも先にも、親父が俺にそんな質問をしたのは一度きりだ。
俺の希望でパークに行き、三人でくたくたになるまで遊んだ。多分、俺にとって一番幸せを感じた時だった。だから、自然と足が向かったのだろう。
その跡地に赴き、俺は行き場のない怒りを吐き出した。家族を裏切った親父を――何も出来ない無力な自分を、憎むように。
拳が血まみれになっても、何度も思い出を壊し続けた。
そんなときだ。
◇ ◇
「明日だったよな。お前が引っ越すの」
「はい……」
神奈川に雪が降り積もる。今朝のテレビで、記録的な寒波が襲来すると話題になっていた。
斉藤は曇った顔で、白く毛羽立った地面を見つめている。引っ越しの前日になっても、この浮かない顔色だと先が心配だな。
「……って、俺が心配できる立場かってんだ」
逃避行のように、この廃墟に通っていても、何一つ状況は進展していない。
相変わらず家庭は崩壊したままで、俺は見ないようにして放置しているだけにすぎない。
「わたし、これから先上手くやっていける気がしません……」
「まあな、テレビの中に小さい人が入ってると信じ込むような頭じゃ転校先でやっていけるか心配だよな」
「そ、そういうことじゃないんですけど! それに、いくらわたしでもそんな勘違いしませんよ!」
斉藤は顔を真っ赤にして頬をぷくっと膨らませる。うん、さっきよりはいい表情だが、一時しのぎでしかない。
俺なりに励ましたつもりだが、こんなの大した慰めにもならないだろう。
大事な人を失ったショックは、簡単に拭えるものじゃない。
曇り空に、朱色の光芒がさす。遠くのスピーカーからピロピロと情趣溢れる、夕焼けを告げるメロディーが町に流れた。
いつもなら、とっくに解散する時間だが、俺も斉藤も、なんとなく解散を切り出せずにいた。こうして、世間から切り離された場所に同類の二人でいるのは、居心地が良かった。
お互い名残惜しく感じていたのだろう。日が暮れても俺達はこの場を離れようとしなかった。
本格的に吹雪始めた頃、別れを惜しむ俺達を、現実へと突き放すように着信が鳴った。
相手は母さんからだ。
天気が悪いから早く帰ってこい、どうせそんな内容だろう。
生返事を返して電話を切り、いよいよ斉藤と別れるとしよう……などと考えていたのだが。
「いなくなった? あいつが?」
風雲急を告げる。
それは同居人がいなくなったという知らせだった。
「わかった。俺が近くを探してみる。母さんはあいつが戻ってこないか家でチェックしていてくれ」
母さんはかなりのパニックになっていて、外に出すと危なそうなので家に残って貰うことにした。
通話を終えると、話の片鱗を聞いていた斉藤から、遠慮がちに声がかかる。
「あの、こういうときは警察に応援を頼んだ方が……」
「普通ならそうするだろうけど、前に事情があるって言っただろ。警察には頼めない」
「あ、そうか……」
「悪い。いますぐ探しにいかないと」
急いで、家の周辺を探せば見つかるかもしれない。そんなに行動範囲は広くないはずだ。
おちおちお別れ会も出来ない。それもこれもあの宇宙人のせいだ。
「待って! わたしも手伝う」
と、斉藤が後をついてくる。個人的な事情にあまり巻き込みたくなかったが、止める余裕もなく、聞く耳もどうせ持たないので、共に行動することに。
家までの帰路をハイペースで進む中、俺は苦い顔で文句を口にした。
「クソッ。どうしてこんな天気の悪い日に……」
夜になり、気温が下がり、まるで冷凍室の中にいるかのようだ。
渦を巻くように吹雪く雪で、視界も悪い。
――親父が失踪した日、親父の部屋には置き手紙と置き土産が残されていた。
手紙には迷惑をかけてすまないの一言もなく、ただ事務的に俺と母さんへの要請だけが記されていた。
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