第33話 事件の真相

 駅を降り、ムスッとした顔でマンションに向かう。


 その途中、フードを被った男が駆けてきて、すれ違った。

 すれ違う一瞬にみえたのは、フードに忍んだくすんだ金髪。


「あれ? 今の清滝か?」


 驚いて、その後ろ姿に顔を向ける。

 あいつは絶賛引きこもり中のはずだが、まさか外に出ているとは。

 でも、運動部だし、あの生活の中でもトレーニングだけは欠かしてないのかも。


 少し疑問を抱いたが、すぐに思考をとめて顔を前に戻した。用件は別にある。


 マンションを訪れ、共用スペースで戯れていた奥様達に不可解な目を向けられつつ、エレベーターに乗り部屋にたどり着く。

 玄関で出迎えされ、そいつに導かれるままに大昔の探偵事務所みたいな内装の私室へ。

 バタンと重厚なドアが閉まると同時、のっけから俺は文句を吐いた。


「ったく、今日は部屋でゆっくりしていたかったってのに、何の用だよ」


 突然俺を呼びつけた赤髪の男、六瀬羅雨流ろくせラウルは振り向く。


「風紀委員……」

「げっ! お前なんだよ、それ」


 六瀬は、いつもエラそうでキレやすくキザな男……のはずだが。

 しかし……今やその顔はゲッソリと、栄養が吸われたように痩せこけていた。

 リサイクルショップやカラオケ店で見せたようなギラギラした瞳は、暗く淀んでいる。

 

「どうした!? 何があった?」


 問いただすと、六瀬は「ふふふ」と不気味に笑う。


「ここ数日眠れない日が続いたまでですよ。それにしても、貴方の方もヒドい顔をしている」

「……そうか?」


 俺は今日はぐっすり眠っていたはずだが。

 でも、晴れやかな気分じゃないのは確かだ。

 自分じゃ判断できないが、案外似たような面をしているのやも。


「お互い体調は良くないらしいな。ならとっとと用事を済ませて休もうぜ」

「いいでしょう。すぐに済ませましょう。実は、本日貴方を呼びつけたのは、少しお願いがしたいことがあるだけなのです」


 六瀬は疲れ切ったように、言葉を絶え絶えにして言った。


白雪理梨しらゆきりり盆田泰治ぼんだたいじの交際が上手くいくように取り計らっていただけませんか?」

「……は? なんだそれは?」


 この男、疲れすぎて気が狂ってしまったのではないか?


「この前言ってたことと真逆じゃねーか。今度は2人を付き合わせろとは、どういう了見だよ」

「安心してください。命令ではなくただのお願いですよ。いっそのこと成就させてしまった方が、千里様も諦めがつくのではないかと。希望的観測ですが」

「清滝を諦めさせるって……。どうして急にそんなこと」

「なに、致命的な事実が判明してしまっただけです。千里様と白雪理梨の間には二度と埋められない溝ができてしまっている。貴方も読みますか」


 六瀬はのっそりした手つきで、引き出しから1つのファイルを取り出して俺に渡してきた。

 そのカバーには白雪理梨に関する調査報告と書いてあった。

 思わず飛び上がる。


「お前! こんなもの作ってたのか!」

「ともかくご覧になってください」


 ちょっとドキドキしながら、透明なシートに収納された書類に目を通す。

 まさか……スリーサイズとか色々載ってたりするのかな……。

 あと、交際経験について書かれてたりするのだろうか……。

 俺には関係ないと言い聞かせるが、手のひらがじんわり汗で濡れる。


 見ていくと、時系列に沿って写真と簡単な報告が添えられていて、幼少期、小学生時代と続いていく。

 うーん、小さい頃の白雪がくそカワイイということ以外、何の変哲も無いと思うが。


 だが、あるページを境にファイルの内容が豹変した。

 中学生になった直後のページで、それまで成長アルバムみたいだった内容が、一面のスクラップ記事に差し替わる。


 それはとある事件の記事のまとめだった。


「知っていますか」


 六瀬から声がかかる。


「ああ、凄く話題になってたからな」


 この事件が起きたのは、俺の地元付近だったこともあるし、そうじゃなくても凄い話題性だったから俺より上の世代ならみんながみんな知っていると思う。


 六瀬が続ける。


「県内のある高校で当時高校二年生の男子生徒が同級生から日常的に虐めを受けていた。最初はグループチャットで悪口を言い合うだけであったが、徐々にエスカレートし、裸の写真を撮ってばらまく、生徒を入れたロッカーを倒して長時間閉じ込める、ゴミを食べさせる、など聞くに堪えない内容に変わっていった。そうしておびただしい虐めに耐えかね、ある日――」


 その内容は連日報道されていたから覚えている。


「――その男子生徒は、その日学校に持ち込んだ金属バットで主犯格であった生徒の頭部を殴打した。恨みを込めて、何度も、執拗に」


 教室はそこら中に生徒の血が飛び散っていて凄惨な光景だったらしい。


 事件後の反響はひどかった。

 被害者生徒に虐めを受けていた加害者生徒を擁護する声が殺到し、無罪を求める署名運動にまで発展した。

 一方では暴力による解決を正当化すべきではないとする主張も多くあり、テレビやネットではこの事件に関する討論が活発化した。

 また、未遂に終わったものの、別の学校の虐めを受けていた生徒が教室で刃物を取り出す模倣事件まで起きて、教育現場は混乱を極めた。


 だがそんな一大ムーブメントも時間が経つにつれ沈静化し、今では過去のものとなっている。

 

 結果として、当時未成年だった加害者は少年刑務所に送られた。

 そして、頭をかち割られた生徒は今も目を覚ましていないという噂だ。


「有名な話だが……その事件が白雪と関係があるのか?」


 そんな物騒な事件の切り抜きが、白雪の調査報告にびっしり詰まっている。

 俺は嫌な予感を覚えて、唾をゴクリと飲み下した。


「ええ……。彼女は、その事件のの妹です。俗に言う加害者家族、という立ち位置ですね」

「ッ…………!!」


 加害者――虐めを受けていて、主犯格の生徒をバットで殴った方の妹だということか。

 まったく、思いもよらない話だ。

 白雪はいつものほほんとしていて、みんなに天使みたいだと慕われていて。悲惨な事件の当事者だという気配は微塵もなかったから。

 そんな辛い出来事があった後には、全然みえなかったから。


「兄弟仲は良好で、白雪理梨は兄を強く慕っていたと報告にあります。その兄は趣味としてゲームやアニメを好き好んでいて、体格も大きかった。休日は二人で仲睦まじくゲームをしていたとか。ところで、この兄、誰かに似ていると思いませんか?」

「まさか――」


 言われずともすぐ思い当たる。

 盆田だ。盆田の特徴と完全に一致している。


「もしかして去年白雪が急に盆田に話しかけ始めたのは……」

「推測でしかありませんが、おそらくそうでしょうね。兄とよく似た人物像の盆田泰治ぼんだたいじに前々から興味があったのでしょう」


 白雪が盆田に大接近した背景に、理由があったなんて。

 クラスメイトが言うように、完全な気まぐれだと思っていた。


「そしてここからがワタシにとっての最重要事項なのですが……。1年生の期末に千里様が白雪理梨に何をおっしゃったか記憶にありますか?」

「あっ……!」


 そうだった。ヤツは白雪にこう言っていた。


『ほら、数年前にあったじゃないか、県内で。ある高校の生徒が同級生を突然バットで殴った事件。加害者はインドア派で体型も大きかったと聞いたし、ほら、盆田くんにそっくりじゃないか。理梨りりが何か悪いことに巻き込まれないかみんな心配なんだ』


 これを聞いた白雪は激しく怒り、涙と共にビンタをした。

 いつも笑みをたたえていて、誰に対しても怒ったことのない白雪が、だ。


 あのときはまったく理解できなかったが、今ならどうしてかわかる。

 清滝はよりにもよって白雪の前で、事件を持ち出して、兄と盆田を同一視して揶揄した。

 あろうことか、好意を抱いている白雪の逆鱗に、唾を吐きかけるような愚行をしたのだ。


『最低……! もう――二度と私に近寄らないでください!』


 その時の白雪の言葉を反芻する。


「そりゃ嫌われるわけだ」

「もうおわかりでしょう。千里様と白雪理梨のよりを戻すことは、二度と叶わないと」

「……だろうな」


 白雪はその言葉でかなり傷ついたはずだ。

 真実を知れば、また仲良くして欲しいなどとは口が裂けても言えないだろう。


「このことを清滝には伝えたのか」

「いいえ、まだです」


 六瀬の寝不足の原因はこれか。

 どう切り出すか、そもそも話すべきか、ずっと悩んでいたという訳か。


「どうにかして白雪理梨への執着を捨てさせられれば良いのですが」


 だから白雪と盆田が付き合っちまえばいいとか言い出したのか。

 ま、そこに関しては手を加えずとも、今日で上手くいきそうだけどな。


「…………いや、待てよ」


 盆田が白雪の兄にそっくりで、それがきっかけで仲良くしているというのであれば。

 白雪から盆田への気持ちは、それは本当に異性に対しての――。


 ――ヴーヴー。

 そこまで考えたところで、スマホが震えた。


 俺は着信先の名前を確認して通話に出た。

 スマホを耳に当てると、そいつの焦った声が足早に響いた。


『センパイ! 大変なことになりました! 理梨さん達を尾行していたら、そうしたら――』

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