第35話 ブラックバーンの撤退

 道中荒事はあったが、それ以降は快適な船旅で、正面スクリーンに目的地のアラバドが見えてきた。

「アラバド管制から正式に着岸許可がでたよ。もう少しで、牽引ポイントかな」

 リズが笑った。

「よし、やっとだね。腹の荷物を下ろしたら、少しは楽になると思うよ」

 私は笑った。

 船はフルオート航行中、あとはアラバド管制の仕事だった。

 程なくコンソールパネルの黄色ランプが点灯し、牽引作業が開始された事を確認した。

 正面スクリーンには、まさにテラホーミング…惑星改造中の不思議な色をした星があった。

「さてと、荷下ろしにどれくらい時間が掛かるかねぇ。まあ、向こう任せだけど」

 私は笑った。


 順調に牽引作業が終了して、指定されたスポットに船が収まると、どこでも同じように与圧作業が行われた。

「ローザ、荷下ろしを始めるって。二日はかかるっていってるよ!」

 リズが笑った。

「そっか、分かった。待つしかないね」

 私は笑みを浮かべた。

「うん、このスポットには給排水システムまである。久々に風呂にでも入ってリラックスしてこい。私はあとでいい」

 テレーザが笑った。

「へぇ、ハイテクだね。それなら、お先に。リン、浴槽に湯張りして各部署にお風呂の話しをして」

 浴槽にお湯が溜まるまで、しばらく掛かる。

 私はそれを待てずに、お風呂セットを抱えた。

「みんなも交代しながらお風呂に入って。何日ぶりだろう」

 私は席を立った。

 暇をみてシャワーは浴びているが、こんな落ち着いた時でもなければ、ノンビリ入浴は出来ないし、いくら強力な浄水システムがあるとはいえ、その水にも限りがある。

 給排水システムまであるということは、恐らく荷下ろしに時間が掛かる船が使うスポットなのだろう。

『かしこまりました。湯張り開始します。入浴剤はどうしますか。オススメはバ○です』 リンが笑った。

「どれでもオススメでいいよ。楽しみ!」

 私は足取りも軽く、操縦室を出た。

 たかが湯船というなかれ。この船には乗員相応のサイズで、しかも船内に何カ所かある。

 まあ、特大のユニットバスなので雰囲気はイマイチだが、入れればいいのでそこは我慢だ。

 操縦室からの通路を歩いていくと、一番近い二番浴室に入った。

 他の面々も合流し、操縦室からはロジーナ、パウラが続いた。

「はい、お風呂です。なら、ビールです。キンキンに冷えていやがります」

 ロジーナが楽しそうに、缶ビールの六本パッケージを抱えていた。

「まあ、平気なのは知ってるけど、泥酔はしないでね。で、パウラはアイスか」

 私は笑った。

「はい、熱いお風呂の中で食べると美味しいです。一つあげます」

 パウラが笑った。

「うん、ビールはいらないけど、アイスは食べる。それ、ハーゲ○ダッツじゃん。そこそ高級だね」

 私は笑った。

 トラムが二番浴室前で止まると、私たちはさっそく浴室に向かった。

 本来なら何百人単位の乗員の使用を考えているため、広大な脱衣所や浴室内でたった三人というのはちょっと寂しいが、その分ゆったり出来るのでいい。

 洗い場で体を流したあと、私は一番乗りで湯船に入った。

「ふぅ…。こういうのも、たまにはいいね」

 湯船内で全員が揃うと、私はパウラにもらったアイスのカップを手に取り、蓋を開けた。

 程よく溶けたアイスはなかなか美味く、豪快に缶ビールを飲み始めたロジーナが笑った。

 かくて、一時間ほど湯につかりながら雑談に花を咲かせ、私たちは同時に風呂から上がった。


 トラムで操縦室に戻りテレーザと交代すると、私は自分の席に座り、背もたれを一杯まで倒し、簡易ベット状態にして、じんわりやってきたなんともいえない気だるさと共に、軽く目を閉じた。

 このまま寝てしまうとご機嫌なのだが、今は荷下ろしの作業中だ。

 しばらく天井をぼんやり眺めたあと、私は背もたれの角度を直し、正面スクリーンにカーゴベイのカメラ画像を表示させた。

今回はフル積載のため、全部で百基ちょっとある全てのカメラをアクティブにしている。

 もっとも、その全てを視るのは難しいので、なにかトラブルが起きた箇所だけ警報と共に拡大表示されるように設定してある。

 まあ、楽といえば楽。暇といえば暇だった。

「リン、なにか異常あった?」

 なにもなかったという返答は分かっていたが、私は念のため確認した。

『いえ、なにもありません。作業は順調に進んでいます』

 余裕がある時には正面スクリーンに3D表示の女の子が表示される設定にしてあるが、今がまさにそれでリンが笑った。

「そっか、なにもないならいいや。ありがと」

 私は背もたれに身を預けた。

「さてと、次の仕事でも探すか…」 

 私は携帯端末を弄り、一つの異変に気がついた。

「あれ、急に仕事が増えているな。ブラックバーン発の仕事が減っているし」

 そう、今まではしょぼい仕事しかなかったのだが、まるで生き返ったかのように、仕事の数が急増したのだ。

 代わりに姿を隠すかのように、ブラックバーンの仕事が劇的に減っていた。

 これに関連してか、大手の船会社が次々に倒産しているとのニュースも入ってきた。

「全く、いくらオイシイ仕事だからって、それに異存するからこうなるんだよ。稼ぎ時だけど、いつも通りだね」

 私は笑った。


 テレーザが風呂から戻ってくると、私は何の気なしに仕事が急増している事を彼女に話してみた。

「そうだな。これは、流通の大パニックだな。大手も続々と潰れているし、うちが入り込む余地は十分にあるだろう」

 ロジーナが笑った。

「だろうね。全く、どれだけブラックバーンに頼っていたんだか…」

 私は苦笑した。

「おーい、管制から連絡だよ。今の積み荷を下ろしたら、ブリストルまでかアラファトまでなんだけど、なにが優先か大混乱でね。一応、船を確保したいらしいんだけど、どうする?」

 通信士席からリズが声をかけてきた。

「ほら、もうきた。いいよって伝えておいて」

 私は笑った。

「分かった。また動きがあったら、声をかけるよ」

 リズが元気よく答えてきた。

「まあ、なんにせよ。この荷下ろしの作業が終わらないと、なにも出来ないね」

 私は小さく笑った。


 しかし、なぜいきなりブラックバーンが姿を消していくのか。

 きっかけは、間違いなく私たちとのいざこざだろうが、その程度で退くとは思えない。 まあ、考えてもどうにもならないので、今の私たちはここで待機するしかなかった。

「もう少しで荷下ろしの作業も終わりか。リズ、管制はなんていってる?」

 私は仮眠中のロジーナの隣で、なんとも暇そうにしているリズに声をかけた。

「一応、定期的に連絡をしているんだけど、行き先がブリストルって決定しているだけで、今は大混乱らしいよ。これは、しばらく時間がかかると思うよ」

 リズの言葉を聞いて、私は苦笑した。

「やれやれ、困ったもんだね。それだけ、ブラックバーンの影響力があったんだろうけど、結局なにをやりたかったんだか…」

 私は苦笑した。

 ブラックバーンの最終的な目的は、既知宇宙の物流を全て押さえる事かと思っていた。

 根気と労力は必要だろうが、これが出来ればそんなの吹き飛ぶくらいの、莫大な利益を得る事が出来るだろう。

 しかし、このあっさりした引き足…狙いが分からず不気味だった。

「そうだな。まあ、分からんものは分からん。様子をみるか」

 テレーザがチョコバーを囓りながら、ボソッと答えてきた。

「まあ、そうなんだけどね。つくづく、謎の会社だねぇ」

 私は笑った。

「全くだ。必要以上に関わらない方がいいな」

 テレーザが鼻を鳴らした。

「そうだね。とりあえず、マイペースで荷運びするだけか」

 私は笑った。


 ここに着岸してから、二日。

 思っていたより早く無事に荷下ろし作業が終わると、私たちは次の仕事に備えてスポットないで待機していた。

「ジルケ、ブリストルまでの航路を設定を再確認して。積み荷がなにか分からないけど、念のため最大積載量で」

 もう何度目か分からないが、私はジルケに声をかけた。

「はい、大丈夫です。それにしても、本当に暇ですね」

 ジルケがクスリと笑った。

「本当だよ。ロジーナ、なんかいってない?」

 私は通信士席のロジーナに声をかけた。

「はい、相変わらず荷物の選定に時間が掛かっているようです。違法薬物の密売で残された荷物がかなりの量を占めているようで、貨物ヤードにある荷物を全て検査しているようで」

 ロジーナが笑った。

「やれやれ、これはかかるね。全く、変なゴミを残しちゃってしょうもないね」

 私は小さく笑った。

「そうだな。一個パクって売るか?」

 テレーザが笑った。

「やめなさいって。まあ、百歩譲って兵器までは許すけど、この船は許可されていないから特別許可が必要だよ。結構審査が厳しいから、だったら許可されている船を選んだ方が早い。さて…」

 私は携帯端末を取りだし、ここの荷物について状況確認した。

「一応、準備は進んでいるみたいだね。私たちに振り当てられた荷物も、少しずつ増えてきた」

 私は携帯端末を弄り、荷物の内容を調べた。

「えっと…工業用スライム。なんだそれ」

 私は思わず笑ってしまった。

「また妙なものがきたな。まあ、大丈夫だろう。他になにかないか?」

 テレーザが笑った。

「そうだねぇ…。あとは、衣類ばかりだね。今はコンテナに詰め込んでいるみたい」

 目的地のブリストルは良くも悪くも普通の星で、田舎ではあるが気軽に過ごせるという事で移住者も多く、別荘も数多くある。

「おーい、今度はブリストルから仕事の依頼がきてるよ。ここも貨物ヤードがパンクしちゃって大変っぽい。引き受ける」

 リズが明るく報告してきた。

「うん、いいよ。こりゃ大変だね」

 私は笑った。

「分かった、伝えておく!」

 リズが明るく返事をして、さっそく交信をはじめた。

「くる船があれば、手当たり次第に依頼を出しているようだな。まあ、稼ぎになるからいいけどな」

 テレーザが笑った。

「全く、ブラックバーンがどこまで浸食していたか分かるよ。巻き添えを食った大手も、他社と合併吸収を繰り返して、なんとか持ちこたえているみたいだけど、どうなるやら…」

 私は苦笑した。

 ブラックバーン発の荷物を頑なに避けていた事が、結果的に正解だったわけだ。

 なんとなく漂っていた胡散臭さが、ここにきて爆発したということだ。

「そうだな。これは噂だが、資金力がある大手はブラックバーン専用の大形貨物船を建造していた最中だったらしいぞ。全く、馬鹿馬鹿しい」

 テレーザが笑みを浮かべた。

「そりゃご愁傷様。さて、今はこっちだね。なにを運ぶんだか」

 私は小さく笑みを浮かべたのだった。

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