第19話

 思った通り聞かれてしまう。

 ――ここで嘘をつけば話が拗れてしまうかもしれない。

 正直に話すべきか?

 私はソッと目を閉じ考える。


 ――長年付き合えば、いつかはきっとバレること。

 後になればなるほど、駄目になった時に辛くなる。


 それに、ここで正直に話して駄目になってしまうような関係なら、きっとこれからも続かない。

 私を選んでくれた優介、優介を選んだ私……お互いの気持ちを信じなさい。


「実は……優介にまだ話していないことがあるの」

「え? 話していないこと?」

「うん。まだ誰にも話していないのだけど私ね――」

 と、言って、ツバをゴクッと飲み込むと、深呼吸をして息を整える。


「触れた人の過去が視えるの」


 私がそう打ち明けると、優介は驚きのあまり声も出ないのか、口を開けたまま私を見つめていた。


 そりゃ……そんな小説にでも出てきそうな超能力があると言われれば、誰もが言葉を失う。


「ごめん、こんな事を行き成り言われれば驚くよね? でも本当なの」

「――あ。こっちこそ、ごめん。だから転校のことを知っていたのか」

「うん、断片的にしか視えないから、するかどうかまでは分からなかったけど」


 優介はジュースを手に取ると、ゴクッと一口飲み、またベンチに置く。


「そういう事ね。内緒にしていて、悪かった。ちゃんと決まってから話そうと思っていたんだ。じゃあ、両親の離婚の事も?」

「――うん、知ってる」

「そっか……」


 優介はそう言ったきり空を見上げ、黙り込む。


「俺さ、大学に行くお金も出してくれるって言うから、父親に付いていこうと思っている」

「――お父さんって、この町の人?」

「うん。この町の人」


 だったら転校しなくて済む?


「だけど、転勤で他県に行くって」

「え、それじゃ……」


 優介が私の方に顔を向け、真剣な眼差しで「うん。転校すると思う」

 期待は脆くも崩れ去る。

 こうなる未来も予想していたのに、どうしてこんなにショックを受けているのだろうか。

 


「ごめんな。将来のことを色々考えたら、やっぱり大学に行って勉強してみたいと思ったんだ」

 と、優介は申し訳なさそうに眉を顰めてそう言うと、私から目線を逸らした。


 優しい優介の事だ。

 私の事も含め、悩みに悩んで出した結論だと、その表情から読み取れる。


 優介の人生は優介のもの……私が我儘を言って、邪魔しちゃダメよね。

 別に毎日、会えなくなるだけで、一生会えなくなる訳じゃないんだ。

 寂しいけど――。


「分かった、応援する」


 優介は視線を私に戻し、苦笑いを浮かべる。

 私の頬を覆うように両手で触れると、「ありがとう」

 と、親指でグッと涙を拭ってくれた。


 これで転校の事は、ひと先ず解決だ。

 あと一つ、不安なのは――。

 

「私に触れると過去が視えちゃうよ?」

「大丈夫。美穂にだったら、見られたって平気だよ。だって美穂は、俺の過去に触れても今まで通り接していてくれたじゃないか」


 優介はそう言うと、スッと私の頬から手を離す。


「それより、ごめんな」

「何が?」

「俺なんかの過去を勝手に流してしまって、面目ない」


 優介の言葉に思わずクスッと笑みが零れる。


「どうした?」

「その発想は無かったから、つい笑っちゃった」

「あぁ、そういうこと」

「大丈夫だよ。優介の過去は温かいから」


 優介はそれを聞いて嬉しそうにニコッと微笑む。


「ありがとう」

「素直な気持ちを言っただけだよ」

 と、私は言って、優介の手をギュっと握り「帰ろうか」


「うん」


 私達は手を繋いだまま立ち上がり、自転車置き場に向かって歩き出す。

 嫌われなくて、本当に良かった……もう一つの不安も解決ね。

 これで思う存分、甘えられる。

 私は手を繋ぐだけじゃ物足りず、優介の腕に寄り添った。


「どうした?」

「えへへ。何でもないよ」

「そうか」


 優介が転校するまで、あと何日、一緒に過ごせるかは分からない。

 だけど残りの日々を不安の解決の為とかじゃなく、こうして甘えるために触れていたい。

 私はその願いながら、優介との会話を楽しんだ。

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