第12話

 映画館に入ると、「何だかんだで、丁度良いぐらいの時間になったな」

 と、優介が白黒のプラスチックで出来たゴツイ腕時計を見ながら言った。


「そうね」

「俺、チケット買ってくる」

「分かった。その間、私はジュース買ってくるね。何が良い?」

「コーラかな」


「分かった。ポップコーンも食べる?」

「そうだね。せっかくだから食べようか」

「分かった。塩味で良い?」


「うん」

「それじゃ、買ってくるね」


 私はチケット売り場の隣にある売店へと向かう――。

 えっと……優介はコーラで、私はオレンジジュースにしようかな。

 しまった! サイズを聞き忘れた。

 ――まぁ、Mで良いか。


 ポップコーンは二つ買う?

 いや、どうせお昼も食べるだろうし、Mを一個で良いか。


「すみません」

 と、私は言ってカウンターに近づく。

 注文をするとお金を払い、ポップコーンとジュースの乗ったトレイを受け取った。


「ありがとうございました」


 店員に見送られ、優介を探す――居た。

 私は近づきながら「優介」

 と、声をかけた。


「3番スクリーンだって。もう入るだろ?」

「うん!」


 入場口に向かい、係員さんにチケットを切って貰う。

 中に入ると、辺りを見渡した。


 柔らかそうな赤い座席に数人、チラホラ座っているが、まだ後ろも前も空いている。

 へぇ……小さい映画館だけど、座席の間隔は広いし良い感じね。


「どこに座る?」

「前だと疲れそうだし、真ん中か後ろにしようよ」

「じゃあ、あそこにしようか?」

 と、優介が指差したのは真ん中の壁側にあるカップル席だった。

 え? い、いきなりカップル席!?

 

「えっと……どうしようかな」


 恥ずかしいけど、かといって他の男が隣に座るのは何となく嫌だし……。


「それとも真ん中の端にする?」

「ちょ、ちょっと考えさせてね」


 端か……端は端で人が通ると気になるのよね。

 ――えぇい! 覚悟を決めろ私!


「じゃあ……最初の方にする?」

「カップル席ね。分かった」


 わざと言わなかったのに、ハッキリ言うな~!

 意識してしまうから、本当に困る。

 ――私達は小さな階段を下り、優介が指差した席に向かう。

 優介が座席に横に立ち「奥が良い? 通路側が良い?」


「集中して観たいから、奥が良いかな」

「分かった。トレイを持ってるから、先に座って」

「気が利くね~。ありがと!」

 と、私は言って優介にトレイを渡した。

 座席に座ると優介の方に向かって腕を伸ばし「はい、私の方に差し込むから貸して」


「分かった」

 と、優介は私にトレイを渡すと、席に座る。

 私はドリンクホルダーにトレイを差し込み、ポップコーンが中央に来るようにクルッと回した。


「ポップコーン1個しか買ってないから、一緒に食べよ」

「ありがとう」

「私の方にあるからって変なところを触らないでね!」

「ばっ、そんなことしないよ」

 と、優介は言って、ドリンクを手にする。

 

「あ、そういえばドリンクのサイズ、Mで良かった?」

「あぁ、大丈夫だよ。お金は後で良い?」

 と、優介は言うと、コーラを一口飲んだ。


「うん。私の分も後で良い?」

「いいよ。じゃあ、その都度だと面倒だから、お互い最後にまとめて払おうか?」

「そうね」


 優介はジュースをドリンクホルダーに戻すと、腕時計を見る。


「そろそろ始まるよ」

「楽しみね」

「あぁ」


 私は映画に集中するため、スクリーンの方に顔を向けた。

 劇場内の照明が少し暗くなり、注意事項が流れてくる。

 続いて更に劇場内が暗くなり、公開を予定している作品の宣伝が流れると、いよいよ本編が始まった。


 優介が選んでくれた映画は恋愛もので、病を抱えた女子高生が同じ学校に通う男子高校生に恋をして、生きたいと願う事で病気を克服する在り来たりだけど、泣けると噂されている映画だ。

 さて、泣かずにいられるかな?


 ※※※


 数時間が経ち。

 いよいよクライマックスの女子高生が男子高校生に想いを告げるシーンだ。

 こういうシーンになると、私ならどうする?

 優介ならどう答えるかな? と、ついつい気持ちを重ねてしまう。

 ヤバい、泣かないなんて無理……。

 

 私は白いショルダーバッグから水色のハンカチを取り出す。

 すると隣から鼻をすする音が聞こえてくる。

 優介も泣いているのかな?


 私はポケットティッシュを取り出すと、正面を見たまま「はい」

 と、小声で言って優介の前に差し出した。


「ありがとう」

 と、優介が小声の返事が聞こえ――私の指と優介の指が触れる。

 え!?

 慌てて、横を向くと優介は私に涙を見せるのが嫌だったのか、正面を向いたまま受け取っていた。

 

「あ、ごめん」

「うぅん、大丈夫」


 周りに配慮し、小声で受け答えすると正面を向く。

 その頃には告白シーンは終わっていた。


 ――どうしよう。全然、頭に入って来ない。

 私は目を瞑り、ハンカチで目頭をギュっと押える。

 優介……転校ってなに?

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