6:初めての恋バナ
――ガラガラッ
ドアを開けると、放課後の教室に残っているのは花田だけだった。
「あれ?……なっちゃんと奥村くんは?」
「スポレクの打合せ。二人とも忘れとって、さっき連行された」
少し前までは三人
なっちゃん達を連れて行かれたせいで、わたしが花田と二人きりになってしまったではないか。
好きな人への告白を前にした花田と、振られたわたしが二人きり。タイミングが悪すぎる。そしてわたしが
そう思うものの、なんとなく言いにくい。用事で早めに帰る日は、いつも朝一で伝えているからだ。放課後になって言うのは不自然な気がする。それに――
花田の恋を、応援してこそ友達だ。
なっちゃんと奥村くんは、花田が今日告白することを知らないかもしれない。今朝彼の話を聞いたのは、わたしと坂本くんだけだから。
そうだとしたら、ここでわたしが帰れば、花田は一人ぼっちになってしまう。好きな人と会う時間まで、心細いかもしれない。誰かのそばにいた方が、気が楽かもしれない。――よし。わたしも『友達』、頑張るか。
残ると決めて、花田の向かいの席に着く。
「打合せどのくらいかかるんだろうね?」
「んー。今日全部決めるっぽかったから、長いかも」
「そ、そっか。じゃあわたしたちは、課題終わらせちゃいますか」
「だな」
教科書に視線を落とす花田の前で、課題のプリントを用意する。シャーペンをカチカチ鳴らして問題を解くフリを始めたのだが、頭の中の大半を花田が
――相手、どんな人なんだろう。学年も教えてもらってないし、そもそも同じ学校なのかな? 地元の人とか、バイト先の人かも。……うーん、わかんないなぁ。わたしは振られてるから、花田と恋バナなんかしたことないし。
ダメだ。まったく課題が進まない。まず問題文が読めない。
さすがに何分経っても白紙だと怪しまれてしまうだろう。そう思い、今度は教科書を読むフリを始めた。これなら読んでいなくてもバレないはず。
――花田、いつ告白しに行くんだろう? 相手が部活してる人だから終わるまで待ってるのかな? それともバイト先の人だから、ここで少し時間潰してるとか?……こんな時まで真面目に課題やっちゃうなんて、何考えて――あれ?
わたしの正面で教科書を読む花田。彼の机に置かれたプリントには、名前すら書かれていない。わたしが教室に戻ってくる前から、課題を始めていたはずなのに。
……馬鹿だな、わたし。
花田は一生懸命、緊張と戦っているのだ。告白前なのだから、それは当然のこと。
自分だって一年前に同じ経験をしたはずなのに。なぜわかってあげられなかったのだろう。
黒板の上にかけられた時計が、やけに大きな音で時を刻む。廊下から聞こえていた生徒の声が、徐々に小さくなっていく。
しばらくして、秒針が刻む音しか聞こえなくなった時、花田が静かに教科書を閉じた。彼は机に手をついて、ゆっくりと立ち上がる。
「一回、出てくる」
ああ、ついに行くのか。好きな人の元へ、行ってしまうのか。彼の強張った顔が、勝負の時を予感させる。
「花田……」
わたしには、
実はバレンタインの日、願ってしまったのだ。花田にチョコを持ってきた人は、一人残らず振られてしまえ、と。
振られることがどれだけ苦しいか、自分が一番知っているくせに。好きな人に『無理』だと言われると、世界中の人から嫌われたような
――最低だ。わたしは馬鹿で、最低だ。
だけど今日だけは、ちゃんと花田を応援したい。
花田に好きな人がいると知って、もの凄く落ち込んだけど。彼に好きになってもらえる人が羨ましくて、なぜ自分ではないのかと絶望したけど。
どれだけ苦しくても、花田の告白が失敗すればいいとは、思わなかった。
わたしは花田に、あんな辛い思いをしてほしくない。
だから花田が勇気を出せるように、わたしがやるべきことは、一つだけ。友達として彼を送り出すまで、笑え。
「がんばれ」
告白の結果がどうなっても、明日からも友達だよ。
成功したら全力で祝うし、上手くいかなかったら黙ってそばにいる。邪魔だったら、遠くに行くから。
不細工だと思うけど、わたしは笑うよ。花田に笑ってほしいから。
――なのにどうして、そんな悲しそうな顔するの?
精一杯笑ったつもりなのだが、何か間違えたのだろうか。そう心配になるほど、花田が傷ついているように見える。
「あの、花田――」
「頑張るから……頑張るために、ちょっと話、聞いてもらってもいいですか」
立ち上がったはずの花田が、もう一度腰を下ろした。
話を聞くというのは、流れ的に花田の告白についてだと思うのだが。
まさかこれ、初めての恋バナ……?
「う、うん。聞くよ。わたしアドバイスとかできないけど、聞くだけならいくらでも!」
「ありがと」
「お友達なんだから当然です。花田が思ってること、なんでも話して」
傷つくのはもう慣れた。この際なんでも聞こうじゃないか。相手のことでも花田のことでも、気の済むまで、いつまでも。
「では、お言葉に甘えて。……俺の好きな子について、なんだけど」
「うん」
「多分好きになったのは、一年くらい前で」
「うん」
想像したよりも長い間、彼は片思いを続けているようだ。一年前なら、わたしはまだ花田と同じクラスになっていない。
「好きなところは、たくさんあるけど――」
「うん」
膝に置いた手でスカートを握りしめて、口角を上げる。笑って聞こう。泣くな。絶対に泣くな。
「責任感があって、任された仕事をちゃんとやるところ」
「真面目で頭もいいのに、俺のしょーもない話にも楽しそうに合わせてくれるところ」
「人の仕事も当たり前みたいに手伝うんだけど……大体その後、相手に気を使わせないように、わざと変なこと言って笑わせようとするところ」
花田、嬉しそうだなぁ。
「俺の落書きを見て、『微妙に上手い』って謎の褒め方をしてくるところ」
わかるわかる。花田の落書き、面白いんだよね。
「ちょっとしたことにでも、ありがとうって言うから、なんでもしてやりたくなるし、一緒にいると、癒される」
ほう、それは今後の参考にしたい。……花田以外の人を好きになるのは、まだ難しいけど。
「人の名前を呼ぶ声が、柔らかくて、優しいところ」
「いつもにこにこしてて可愛いけど、特にへにゃって笑った顔が、最高に可愛いところ」
「あ、でも考え事してる時に口が尖るところも可愛い」
花田って好きな人のことになると、こんなにわかりやすいんだ。
最初は無理やり笑っていたはずなのに、段々楽しくなってきた。それもこれも、幸せそうに話す花田が悪い。
「ふふっ。花田、本当にその人のこと好きなんだねぇ」
「うん、好きだよ。……好きだから、後悔してる。最低なことしたって」
それまで穏やかだった花田の声が、ほんの少しだけ、震えた。
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