4: ホワイトデーのお返しは
「江藤ちゃーん! ハッピーホワイトデー!」
「わあっ! ありがとう奥村くん!」
お菓子が飛び交う朝の教室。わたしの机にも、すでにクラスメイトからのお返しがいくつか並んでいる。
今日は三月十四日、ホワイトデーだ。
奥村くんから渡されたのは、開いた手くらいのサイズの箱だった。
中には何が入っているのだろう。と思った時、その疑問になっちゃんが答えてくれた。
「凛! 奥村のマカロンだって〜」
「ええっ⁉︎ 奥村くん天才!」
「江藤ちゃん、君は本当に可愛いね。おじさん、もう一個あげちゃおうかな」
大きな紙袋に手を入れた奥村くんを、なっちゃんがジト目で見る。
大丈夫だよなっちゃん。もう一個っていうのは、多分いつものイケメンジョークだよ。だからそんな目で見ないであげて。
「さっきピッタリしか用意してないって言ったのは、どこの奥村でしたっけ?」
「それはここの奥村くんですけども。俺は来年も江藤ちゃんからチョコもらいたいのよ!
「必死か」
奥村くんがなぜチョコを欲しがるのかがわからない。わたしがあげなくても、十分もらっているはずだ。
「奥村くん、あんなにチョコもらってるのにまだ欲しいん?」
「いやいやいやいや江藤ちゃん。違うのよ。数が欲しいわけじゃなくて、江藤ちゃんのが欲しいの。今年くれたやつハート
「知らぬ間にわたしのチョコが、凄いカテゴリーに分類されている」
「いや〜、開けた時にハートが出てきたから、陽介と坂もっちゃんに自慢したんだけどさ! なあ陽介っ! 坂もっちゃーん!」
奥村くんの大きめな声に呼ばれて、花田と坂本くんがこちらにやってきた。今日も花田が格好良くて困る。
坂本くんは、以前わたしを裏切って保健委員から図書委員に乗り換えた、本を枕にしそうな、あの坂本くんである。
「どったの奥村〜。あ、江藤さんもいる〜。バレンタインの時は美味しいチョコをありがとうございました。来年もください」
箱に入ったチョコがけポテチを受け取るのと同時に、来年のチョコの予約を
「ありがとう。こんなに高級感あるポテチ初めて見たよ。甘い辛いで止まらなくなるやつだ」
「わかってんね〜江藤さん。ほれ、花ちゃんも渡したら?」
坂本くんに
「バレンタインのチョコ、美味しかったです。あと、いつもありがとう」
「う、うん。こちらこそ、いつもありがとう」
んふふ、幸せ〜! 花田からのお返しだ〜!
わたしの手の中で、
飴が宝石に見える。いやそれよりも価値がある。宝石の価値とか知らないけど。
「すっごく可愛い! 飴も瓶も、全部可愛い!」
「ははっ、そっか」
くしゃっと笑う花田が一番可愛いけど。という言葉は飲み込んで、うんうんっと頷く。
花田が時間をかけて選んでくれたことに意味があるのだ。どんなものでも嬉しい。でも――花田は「来年もチョコちょうだい」って、言ってくれないんだなぁ……。
坂本くんに来年の話をされたからなのか、欲が出た。花田にも言われたかったな〜。なんて思って、心の中で勝手にいじける。わたしって面倒くさい。
こちらの複雑な心境など知る由もない花田が、奥村くんに
「――で、なんで俺達呼ばれたん?」
「なんでだっけ?……あっ、そうだ! 江藤ちゃんからもらったチョコがハートの形で嬉しかったなぁ。って話しをしとったのよ」
奥村くん、その話は忘れたままでよかったんだよ。
自分があげたチョコの話をされるのは、少し気まずい。特に味については詳しく話さないでほしい。絶対やめてね。誰か他の話題に変えてくれないかな。
そう願ったのだが、残念ながら叶わなかった。
坂本くんが「あ〜、あれか」と笑い出す。バレンタインデーのことを思い出したらしい。
「奥村が江藤さんのチョコめっちゃ自慢してきたから俺と花ちゃんも開けたら、全員平等にハート形だったやつね」
「それよそれ。俺だけにハートくれたんかと思ったのに……」
しくしく泣き真似をする奥村くんには悪いが、普通義理チョコで一人だけにハート形を贈ったりしないと思う。
なっちゃんが珍しく、
「どんまい奥村」
「古賀はこういう時だけ優しくしてくるじゃん」
「心配してるんでちゅよ?」
「馬鹿にしてるんですねぇ」
「ちなみにあたしが凛からもらった友チョコも、超可愛いハート形でした!」
「なんなの? 江藤ちゃんは人々を平等に愛さなきゃ将来天使になれないとかですか?」
それだとわたしが「天使になりたい」って言ったみたいだからやめてほしい。一回も言ったことないからね。
花田への気持ちがバレないように必死でごまかす姿が、周りからは平等に見えるらしい。
わたしは自分の迷惑な感情を、押し殺しているだけなのに。
「本当は星形にしたかったんだけど、生チョコくり抜くのが結構難しくって。試してみたら星よりハートの方が綺麗だったからハートにしたんよ」
「まさかのハート事情。俺の心が
「えへへ、どうもすみません」
「でも美味かったから来年もください」
「来年も奥村くんに彼女がいなかったらあげるよ」
「やっぱ江藤ちゃんはその辺気にしますか」
「一応ね」
「じゃあ、彼女いなかったらちょうだいね」
奥村くんが親指を立てたので、同じように親指を立てておいた。普通なら小指を結びそうなものだけど。
ガラガラッと音を立て、後ろのドアが開いた。そこから顔を出した女子の第一声は、「奥村ー! ウチらにもマカロンちょーだい!」だった。情報が早い。
「はいはい焦らなーい。全員分あるのでちゃんと並んでくださーい」
手をひらひらさせながら女子の輪に入っていく奥村くんは、やはり奥村くんである。
「あたしも取り立て再開しよーっと!」と言ったなっちゃんが、いい笑顔で登校したばかりの男子の元に向かった。もちろん取り立てるのは、お金ではなくお返しだ。
その場に残ったのは、わたしと花田と坂本くん。
女子達にお返しを配る奥村くんを見て、坂本くんがにやりと笑った。
「どう思うよ花ちゃん。奥村のやつ、来年彼女できてんのかねぇ」
「さあ。あいつ次第って感じなのでは」
「ほ〜う。そう言う花ちゃんは、ついに誰かと付き合う気になったん?」
「なんで」
「
――え?
ドクンと心臓が大きく脈打つ。
花田が、誰かと付き合う……?
わたしは坂本くんの言葉よりも、花田の表情の方がショックだった。ほとんど変化はないが、友達だからわかる。好きだからわかる。花田が――動揺していると。
「おい、生徒S」
「いきなり心の距離とってくんじゃ〜ん。坂本ですぅ」
「Sが人の鞄と心の中を探ろうとするのが悪いのです」
「ごめん〜。でも鞄は偶然だかんね! 花ちゃん本命チョコ持ってきた子は全員断ったと思ってたからさぁ。気になるじゃんか」
坂本くんの言葉の通り、花田はバレンタインの日、本命チョコはすべて断ったはずだ。そうでなかったら、今わたしは花田のそばにいないだろう。
チョコを受け取る花田を見る度に、胸をえぐられるような思いだった。けれども無理やり笑って、なんとか一日耐え抜いたのだ。
「義理しか受け取らない」と言ったのが、花田本人だったから。
彼の心は誰にもなびかないのだと、わたしは完全に油断していた。
それなのに花田は否定しない。坂本くんが見た『いい感じのお菓子』の存在を。認めたのだ。特別な子がいることを。
ここまでくれば、坂本くんが知りたい内容はあと一つだろう。わたしは知りたくないけれど。耳を
坂本くんの質問と花田の答えを、平気な顔をして聞くしかない。
「なぁ花ちゃん、誰の本命チョコ受け取ったん?」
「…………もらってない、から。多分、振られる」
チョコを、もらってない……?
「……まじ? てことは、花ちゃんから告るってこと?」
「まあ、そんな感じ」
花田が花田だから、モテるから、基本的なことを忘れていた。彼が告白を受け入れて付き合うとは限らない。自分から誰かを好きになる可能性だって、当然ある。当然のことなのに。どこからともなく、心がちぎれる音がする。
会話に参加する余裕がなく、ひたすら耳だけ傾ける。鳩尾の辺りをぎゅうっと圧迫されているようで、気持ち悪い。
「この場合、俺はどうすんのが正解かね?」
「とりあえず、聞かんかったことにしといて」
「おけ。聞いた後に言うのもアレなんですけども、俺の話なんて適当に流してもよかったのに。正直もんだねぇ」
「んー。そりゃあ……」
坂本くん。花田はそういうことを、適当にしない人なんだよ。
「俺が好きって思ってることは、ごまかしたくないと言いますか。……好きな子の存在を、否定したくないと、言いますか」
こういうところが、眩しいんだもん。
一体どんな人なんだろう。
――優しいのかな。綺麗なのかな。透き通るような声なのかな。花の香りがするのかな。
あーあ。わたしって、本当にダメだなぁ。
名前すら知らない彼の好きな人が、羨ましくて仕方がない。
坂本くんは意外なものを見たという顔をした後に、「がんば」と花田の肩を叩く。わたしはその光景を、ただ見つめることしかできなかった。
タイミングよく
綺麗だと思っていた瓶詰めの飴が、モノクロの
先生が教卓の前に立つ。
委員長の号令で、朝のホームルームが始まった。
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