2:振った花田と振られたわたし

 一年生の終わり頃。

 美化委員だったわたしは、最後の委員会の日に、生まれて初めての告白をした。

 その相手が花田で、もらった返事が――



「無理」

「そ、そうですか。……いきなり変なことを言ってごめんなさい。話を聞いてくださって、ありがとうございました」


 無理って……無理、無理なんですね。無理。一応わたしだって、振られる覚悟は決めていた。それでも――

 無理は……キツいなぁ。


 あまりにもショックで、その日どうやって家まで帰ったのか、覚えていない。


 当時花田とはクラスが違って、接点は委員会だけだった。接点と言っても、こちらが一方的に見ていただけなのだが。

 委員会が終われば、彼との繋がりが完全になくなってしまう。そう思うと怖くて、つい勢いだけで想いを伝えた。その結果の玉砕である。心をえぐられたのは言うまでもない。


 しかし彼の立場になって考えてみると、あの対応も納得できる。

 そりゃあ知らない人から好きって言われても困るよね。人気者だって聞くし、告白は面倒だったのかも。わたし気持ち悪かったかなぁ。本当にごめんなさい、どうか許してください。……と、振られてからの数日間は心の中で謝罪を繰り返していた。

 自分の行動で、彼を不快にさせてしまったかもしれない。好きな人に言われた『無理』が頭から離れず、後悔ばかりしてしまう。今までこんなことなかったのに。恋って怖い。


 けれども言い訳したって仕方がない。きっぱり振られたのだから、諦めるしかないのだ。

 彼を視界に入れないようにして、傷ついた心を回復させよう。


 そう心に決めた矢先、悪夢のような出来事が起こった。


「凛見て! 奥村と花田も同じクラス。こりゃあ女子に羨ましがられる一年になるね」


 なっちゃんの弾んだ声で、これが現実だと思い知らされる。どでかいクラス分けの掲示は、どうやら間違いではないらしい。何を女子に羨ましがられるって? わたしは地獄に落ちた気分なのに?


 鏡を見なくても自分の顔が引きつっているとわかった。口元がピクピクする。

 周りの女子達が「花田と一緒なんだけど! 今世紀の運使い切ったわ」「奥村と花田同じクラスにするとかバレンタイン絶対やばい」「ま、どうせ相手にされんけどね〜」「目の保養になるのは変わらんっしょ」と、がやがや騒ぐ。


 正直、彼の人気がここまで凄まじいとは思っていなかった。そんな相手に告白してしまったなんて。振られて当然だ。

 ――もう一度だけ、クラスの名簿を見る。

 やはりそこには『花田陽介』の名前があった。


「最悪……」


 わたしは心の内を、なっちゃんにも話していない。だから彼女にも聞こえないくらい小さな声で、本音を漏らした。


 こうなったら、できるだけ関わらないようにするしかない。こちらから近付かなければ、同じクラスでも程々の距離感で過ごせるだろう。

 何日かに一度、朝の挨拶だけ交わすような。そんなクラスメイトになれるはず。きっとそのはず――だったのだが。




「は、花田くん……図書委員のところに名前書いてなかったっけ?」

「坂本がやりたいらしいから交代した」

「あー、そうなの」


 坂本くん戻ってきて。全然本好きそうな顔してないじゃん。絶対まくらにするタイプじゃん。保健委員の方が向いてるって。一緒にやろうよ。いやむしろ仕事は全部引き受けるから戻って……こないかぁ。


【保健委員……花田陽介・江藤凛】




 ――別の日。


「奥村くん五番でしょ? 隣の席だねぇ」

「え、江藤ちゃん十二番⁉︎」

「うん」

「まじか! 陽介が一番後ろの席より窓際がいいって言ったから交換しちゃった。悔やまれる!」

「ん? じゃあ花田くんが五番なん? だ、だだ、誰か、わたしと席――」

「じゃあみんな、新しい班で机合わせて座ってね」


 待って先生、花田くんの隣なら絶対変わってもらえるの! だからもう少しだけ時間を――


「江藤何番?」

「じゅ、十二」


 ま、間に合わなかった。来ちゃったよ花田くん。今から誰かと交換したら、さすがに感じ悪すぎる?……おのれ花田くんめ。窓際なんか選ばずに、一番後ろの席で愉快な落書きでもしてなよ。


「隣かー。よろしく」

「よ、よろしく」

「俺の隣になったからには、腹に教科書を仕込んどくように」

「え、刺されるん? 女子に恨まれて?」

「もしくは狙撃」

「やばい人とお隣になってしまった」

「今さら気付いても、もう逃げられません」

「逆恨みされた花田くんの方が狙撃されそうだけどね。窓際だし」

「お、確かに」

「狙われてたら教えてあげるよ」

「頼んだ。あと、勉強教えて」

「それが本題でしょ」

「バレた」

「あははっ」




 ――さらに別の日。


「江藤先生。昨日俺の代わりにノート集めてくれたんですって?」

「ん? ああ、花田休みだったから」

「申し訳ない」

「風邪はしょうがないですがな。謝る必要はございません! 元気になってよかったねぇ」

「おかげさまで。ノート重くなかった?」

「力持ちですけん。見よ、この筋肉を」

「いやー、どこにも力こぶ見当たらんけど。どう見てもふにふにのふにとう

「気持ち的には花田をお姫様抱っこできるくらい、ムキムキのムキ藤」

「江藤でもふに藤でもなく、ムキ藤」

「その通り。このムキ藤、ノート運びくらいへっちゃらです」

「ふはっ、……ありがとな。今度なんか奢る」

「残念。わたし奢ってもらうの苦手なんだよねぇ」

「甘え下手め」

「そんなことはないけど。んー、……じゃあ今度、美味しいものあったら半分ちょうだい」

「……ん。約束します」

「やっほい! ありがと」


 体調悪かったんだから、ちょっと当番代わったくらい気にしなくていいのに。律儀だねぇ。




 ――と、こんな感じで過ごしているうちに、花田と程々の距離感で過ごす計画は見事に崩れた。なんだか花田運が無駄に強かったように思う。おみくじとかあったら多分大吉。いや、わたしの場合は大凶かな? そもそも花田運ってなんだろう。

 同じ委員会で、隣の席で、勉強まで教えていたら、そりゃあ会話もするわけで。しょーもない話で盛り上がるわけで。最終的になっちゃんと奥村くんを含め、仲良し枠に収まってしまったのだ。


 あと、この一年でわかったことがある。


 花田はわたしの告白の件を、誰にも話していない。

 直接聞いたわけではないが、彼と一番仲がいい奥村くんの態度がそれを表していた。花田が誰かに話していたら、もっと気まずい思いをしたに違いない。


 記憶が飛んだのかと疑いたくなるような彼の対応がありがたいのと同時に、ちょっぴり悲しくもあった。

 あの日の告白は花田にとって、消してしまいたい過去なのだろうか。早く忘れたいと思っているのだろうか。そう考えると、辛かった。


 わたしは花田と同じように、告白自体をなかったものとして振る舞っている。気持ちはなかなか消せないけれど、隠し通すと決めたのだ。

 花田と二人きりになることもあるが、あの件には一度も触れていない。


 このままでいい。このままで。

 来年度も花田と同じクラスになれるとは限らない。

 クラスが別れたら、きっと会話もなくなるだろう。彼はどこにいても人気者だから。


 いっそのこと嫌いになりたいと願ったわたしが、もっと好きになってしまうほどに、楽しくて笑顔が可愛い人だ。

 ――三年生になったら、全部なくなっちゃうのかな。


 また遠くから彼を眺める日々に、戻るのだろうか。

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