第13話 完成と目標
◆
その落選の一報は、年明け早々にバイスの買ってきた雑誌の最新号によってもたらされた。
僕は自分の腕のつたなさを棚に上げてそれなりに落ち込んだりしたのだが、バイスは眼鏡をぎらりと輝かせてから、
「やはりな」
と短くつぶやいて納得したような表情を見せた。
何が『やはり』なのかを問い質すと、
「描いている途中から薄々感じていたのだ。これは私たちが目指すものと少し違うのではないか、とな」
と言い出した。
「違う?」
僕はわからなくなって、手にしていたその合作第1作目をもう一度眺めてみる。
ある日突然、奇妙な能力に目覚めた男が謎の組織に追われる羽目になり、ピンチをその時々の発想で切り抜けながら、組織に対抗する意志を持つまでを描いたSFバトルギャグコメディだ。
高校1年生が2人がかりで作り上げたわりにはそれほど悪くない気もした。
漫画雑誌の増刊号には新人賞を受賞した作品が数多く掲載され、また本誌にもたまに優秀な新人作品が掲載されることがあり、僕らはそれらを熟読して傾向と対策を練ったものなのだが、それらと比べても僕らの作品が特に見劣りしているとは思えなかった。
僕がそのようなことを告げるとバイスはキラリと目を光らせた。
「そうか……。なるほど、タケオの言うとおりだな」
「……僕、何か言った?」
「おいおい。自分が今言った言葉を忘れたのか? 今までの受賞作に比して見劣りしていない、という発言のことだよ。僕が言葉にできないでもやもやしていたことを見事に言い当ててくれたじゃないか」
自分の放ったセリフの意味もわからないなんて、僕もいよいよダメ人間である。
落ち込む僕をよそにバイスは眉間にシワを寄せて、
「つまり、新人作品の中で優劣を競っても仕方がないということだろう? この雑誌に載っているすべての漫画よりもおもしろくなくてはならないんだ!」
と、その漫画誌をばさりと机に広げながら僕に言った。
確かに読む側からすれば、描き手が16歳でも96歳でも関係ない。
漫画の内容がおもしろいかおもしろくないかがすべてなのだ。
しかし、この雑誌に載っている作品は、どれをとってもその道のプロが心血と才能を注いで作り上げた代物ばかりであって、いわばパートタイマー的に漫画作成に挑みかかっている僕らなど同じ土俵で争うことすらも失礼にあたるのではないかと思われる。
といったことを告げると、バイスは、
「少しばかり甘く見てしまっていたか」
とちょっと鼻の穴をふくらましてそう言う。
「甘く見てって、何を?」
「目標について、だ」
「目標……?」
「ふむ」
と鼻から不明瞭な音を出してバイスは足を組み直す。
「マトに当てようとするから手前に落ちる。マトを突き破る勢いがないと届きすらしない、ということだ」
すっ、とすばやくバイスが息を吸った。
「落選の理由を突き詰めれば、その気概が足りなかった。知らず知らずのうちに、『こうあるべき』『こうすべき』という方向に流された。自分をチャレンジャーと認識したことこそが見えざる敵だったということか……」
僕はようやくバイスの発言が飲み込めた。
少なくともバイスは本気だ。本気で賞を獲りにいったのだから、確かに目標が違う。これまでの「受賞作」と比べてああだこうだしていても仕方がない。
これはプロフェッショナルという神の領域にそうでないものがいかにしてたどり着くかという闘争なのだ。
そして闘争なのだという認識がありながらもバイスは緩んでいたのだ。
高校生としては十二分に過酷な日々であったがゆえに、疲労とその蓄積を、実行した作業量を、成果そのものと誤解してしまう。
実際には、どれほど苦労して作業を行ったとしても、それが一定以下のクオリティであるならばプロの世界では通用しない。
そのような錯誤は、クリエイティブ活動に命を賭して取り組むバイスといえども、完全に除去することは難しかったということなのだ。
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