第14話 目標と回想
にやっと笑ってから、バイスは僕にうなずいた。
「これからは今まで以上を求めていく」
雑誌を見るでもなく、べらりべらりとめくりながらバイスは言った。
「こちら側だよ、やっぱり。まったく見込みが違った。逆方向に向かって歩いていたと言ってもいい。僕らはもっと高みを目指すべきだ。甘えることなく、ひるむことなく、たゆむことなく。それが分かっただけでも応募した甲斐があったというものだ」
尊大とも取れるバイスの口ぶり。
おそらくそのような話し方をしてしまうほどに、彼も悔しかったのだ。
「よくぞ、言い当ててくれたな、さすがは私が選んだパートナーだ」
「落ちたのは僕のせいだと言われるかと思ったよ」
ようやく冗談を言えるようになったと踏んで、僕はおどけた調子で言ってみた。
実際、そう言った気持ちもなくはなかった。
特に作画の稚拙さは目についてしまった、と思う。
バイスの描く少女の背後にいる僕の描いた奇妙な
そんな蓄積が、いわばサブリミナル的に作品の評価を低下させたのでは?と半ば真剣に感じていたのだ。
僕の発言に、バイスは、す、と表情を真顔に戻して僕を正面から見つめ始めた。
まさか、冗談を放つ時を見誤ったのだろうか、と身を固くしていると、
「そんなわけがない」
と、バイスは否定の言葉を口にした。
「まさか、だよ。タケオにはだいぶ助けられた。一人じゃ無理だったよ。特に君のストーリーの発想には一目置いているんだ。これからも頼む、パートナーとして」
じわ、と灰色の脳内に爽快な物質があふれだし、背筋に冷たい、しかし、心地の良いしびれが走った。
こんな僕でも役に立っているという旨の発言は嘘でもうれしかった。
「さあ、次だ!」
バイスはがたりと立ち上がった。すでに先ほどまで見せていた重苦しい表情は吹き飛び、いつもの自信に満ちた笑顔の彼がそこにいた。
「次の投稿先となる新人賞だが、すでにいくつか候補は見つけているんだ」
カバンから新たな漫画雑誌をどしどしと取り出しながら、バイスはにやりと笑う。きらりと光る瞳には、同性である僕にも色気を感じさせる不思議な力があった。
しかし、あえてそこには深く踏み込まず、代わりに胸の奥から元気を出して、
「オーケー! ネクスト・ターンだぜ!」
などとキャラクターに似合わない外来語を多用した返答をしてしまい、気勢を上げたバイスの腰を砕けさせるなどしたのであった。
◆
「長いわよっ、回想が」
10年後の僕はとっくのとうに飽きていた。
カアカアとカラスが小気味よく鳴いては飛び去っていくのが見えた。
「すみません、まだ途中なんです」
「知ってるわよ、自分のことなんだからっ」
と言いながら、ぷうと頬をふくらませて両拳をぶんぶん振り回す。
容姿に見合ったかわいらしいしぐさだったが、自分がしていると考えると妙に腹が立った。
僕という人間を好き勝手にもてあそばれているような奇妙な感覚だ。
「横槍はやめてください。物事には順番というものがあるんです」
僕は彼女にぴしゃりと言った。
「僕らだけでわかっていても仕方のないことなんです」
「へいへい、どーぞどーぞ、続けてくださいまし。お気の召すまま気の済むまでどーぞ」
へそを曲げてしまい、そう吐き捨てると、10年後の僕はぎっこぎっことイスを揺らして周囲の児童を
今の僕よりもだいぶ子供じみている。
僕はこのままいくと、このように子供返りを起こしてしまうのであろうか。
そう言えば、漫画の資料として読み捨てた本の中で、以下のような記述を見た記憶がある。
幼児は弟や妹ができると、母親を取られまいとしなくなったおねしょを再びするようになってしまうなど赤ちゃんに戻ったような行動をすることがあるという。
眼前の10年後の僕は、ひょっとして10年前の僕という『弟』を得て、突発的にそのような子供返り行動を起こしたのかもしれなかった。もしくは、純粋にかわいそうな人なのかもしれなかった。
そこまで考えたところで、じろりと彼女は僕をねめあげて言った。
「でも、時間もないから、手短にお願いねっ♡」
ウインクまでセットで決めてくれたこの発言に、僕はため息で返答してから、そろそろと回想へと戻っていくのであった。
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