第89話

「ありがとうございます。続いて中等部三年三組の柊真琴さんと推薦者の方、演台の前にてお願いします」


 柊生徒会長から名指しを受け、右側から柊妹さんと御付の推薦者の方が現れる。ただ先の二人とは違い推薦者は生徒ではなく教師であった。


 で、応援演説。時間にしてコーヒーブレイク。先の二人の応援演説に比べると言葉選びが上手い――が、ハッキリ言ってつまらない。演説内容に学生らしさや遊びが無くなった分、重要な事を簡易的に、また必要な情報は飾りっ気無しのド直球で伝えてくる為に何処か読まされている感が否めなかった。


 多分だけど、あの応援演説の内容を考えたのは柊妹さんだと思う。それか予め内容を確認してテコ入れを加えたか……まぁこれはこれで妹さんらしいとも言える。

 そんでもって次。私達の本命であり三人目最後の立候補者である柊妹さん。


「おはようございます。中等部三年兼生徒会長の柊真琴です。この度は高等部でも生徒会長の任を継続したく立候補を致しました」


拍手は――鳴るには鳴った。チラホラと。しかし拍手の少なさに動じることなく進める。


「名前による既視感はさておき、中等部の生徒会長でも私の事を今日初めて知ったと言う人は多いと存じます。なので、そんな方々に私を知って貰う為に私が中等部の生徒会長になったこの二年間の実績をお話したいと思います」


 一人目の翡翠部長と同じようにプロジェクターを使用。彼女の背後にPowerPointで作成した資料が映し出された。

 そこからは柊妹さんによる自己PR。淡々と自分が成してきた事をPowerPointを活用して遊び要素無しで説明していく。


「こ、これは……」


「……」

 

 それなりの情報量をプロの声優か? と、思えてしまう程の饒舌早口で説明。受け取り側の私達がギリギリで聞き取れるレベルの早口と、更に話の緩急が上手い分、聞き手のストレスは最小限に抑えられていると思う。

 が、残念ながら姉である柊生徒会長の眉間には皺が寄っているんじゃないかな? 隣にいる二宮君でさ”御堅い。職場にいる昭和に一般常識を置いてきた老いぼれみたいだ”って顔をしていらっしゃるもの。


 私? 若い世代には素通りされる駅前の政治家みたいだなって思ってます。とどのつまり聞き取りやすいけど記憶には残り辛い。


「――以上がこの二年間におこなった政策の軌跡と実績です。では、少々長くなってしまいましたが最期に私が新たに始めたいと思っている政策のお話をして終わりにします」


 そう言って柊妹さんは演台に両手を付ける。


「皆さんはベーシックインカム制度をご存じでしょうか?」


「ベーシック?」


 急な問い掛けに私や他の生徒達は首を傾げる。


「ベーシックインカム制度とは、決められた額を定期的に支給するという最低限所得保障政策の事です」


 ほほう? 生活保護みたいな感じかな?


「しかしながらこれには重大な欠陥があります。それは財源です。全ての人達に一律の金額を毎月支給する訳ですから、それだけお金が掛かります。故に未だにこの政策を取り入れて成功した例は少ない」


 一呼吸入れ、一層マイクに顔を近づけてる。その際、一瞬だけ視線が姉に向けられたように見えたけど……気のせいかな?


「ですが私はこのベーシックインカムを我が校に取り入れ、成功の見込みが高い政策案を作成。去年の9月から関係各所の方々と話し合い、納得と実行可能だとお墨付きの返事を頂いております。なので後はそれが行える立場になるだけ。高等部生徒会長になるだけなのです」


 事前準備は既に済ませてきた――と、そう宣言した彼女からは確固たる意志が伝わってくる。

 柊妹さんは一瞬、今度は確かに姉である柊生徒会長に視線を向けてから演台に置いていた手を離し、一歩下がって先の二人よりも深々と頭を下げた。


「新参者であり中等部の若輩者ではありますが、どうか私――柊真琴に清き一票をよろしくお願いいたします」


 と、彼女はそう有権者である私達にお願いしたのにも関わらずに、拍手を待たずに一人堂々と歩いて壇上を離れた。


「あらあらまあまぁ、三人の中では一番の大物だぁ」


「そうだな」


 以前、姉である柊生徒会長が妹に対して言った”諦観者”と言う言葉を思い出し、私は笑みを。二宮君は少々困り顔を浮かべた。

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