第88話

「ありがとうございます。続いて一年一組の赤羽葵さんと推薦者の方、演台の前にてお願いします」


 柊生徒会長から名指しを受け、右側から赤羽後輩と御付の推薦者が歩いてきて翡翠部長達と入れ替わりで演台の前に立ち、先ほどと同じように推薦者による応援演説が始まる。


 時間にして知育菓子。一人目の応援演説よりも短くて内容もさっきの推薦者と似たり寄ってはいたけれど、所々に笑える場面を設けていて随分と軽い印象を受けられた。しかも笑える場面では赤羽後輩も笑ったり恥ずかしがったりして内容とマッチした人柄なんだと伺える。

 で、次。二人目の立候補者である赤羽後輩。


「おはようございます! まず最初に七歌しちか君、素敵な応援演説をありがとう。事前確認の重要性を痛感させられちゃったよ」


「(グッ)」


 少し離れた所で推薦者が力強く親指を立て、位置的に見えていなくても仲の良さでそれを感じ取る赤羽後輩。遠くからでは分からないけど、声の震えようで相当恥ずかしかったのが伺えます。恐らくは耳がほんのりと赤くなっているんじゃないかな? そして仲の良さは翡翠部長達よりも良いと見える。


「では改めまして! ご紹介に預かった赤羽葵です」


 拍手が鳴る。これ等は恐らく赤羽後輩を支持する運動部やクラスメイト達のものだろう。数は少なく小さいけれど、耳当たりの良さは段違いで此方の方が良かった。


 そして赤羽後輩は、拍手してくれた人達に「ありがとう」と感謝を伝えてから演説の続きを始める。


「僕は小学生の頃からボランティアを通して誰かの手助けをしてきました。しかしそれは純粋なる善意からではなく、誰かに必要とされたいという欲求を満たす為です」


 あらあらまあまぁ。見た所、先の翡翠部長と違って言葉のみで挑むみたいだ。


「生徒会長選挙に立候補したのも多くの人達から必要とされ、手助けをし、多くの感謝を受ける為。幾たびの艱難辛苦を乗り越えて確かな成長を実感する為です」


 一呼吸入れて、続ける。


「そして今、僕は少なくない数の人達から必要とされています。誰もが当たり前に願っている平凡な願いを託されています。その平凡な願いは――”平穏”です。ご存じの通り、夏に起こった事件によって多くの生徒達がその心に深い傷を負いました。転校を余儀なくされた生徒もいれば、未だに当時の荒れ模様を思い出してしまい学校へ来れない生徒もいます」


 此処で”夏の災厄”の話を持ち出す。それによって至る所から様々な反応が見受けられた。


「今現在でも見えないだけ、見せていないだけで癒えていない生徒も多いと僕は思っています。そんな生徒の為に僕は平穏を与えたい。当たり前の平穏と、当たり前の学校生活を与えたい。その為に僕は生徒会長選挙に立候補しました」


 一区切り擱き、赤羽後輩はしっかりと眼前に広がっている私達を見据えて言う。


「どうかこの僕に皆さんの清き一票をよろしくおねがいします!」


 そう言って深々と頭を下げる赤羽後輩と、少し離れた所で見守っていた御付の推薦者。そんな二人に拍手が送られる。最初に送られた拍手よりも、耳当たりが良いそんな暖かで素晴らしい拍手が。


「! 思ってたのと違う?」


 拍手の中、ふと二宮君を見る。彼は信じられないと疑って壇上の赤羽後輩を見ていた。


「あ、あぁ……」


「赤羽後輩のお兄さんの事はあんまりわかんないけど、彼は彼だ。兄の評価に弟は関係ない。そうでしょう?」


 二宮君なら分る筈。そんな意図を込めて珍しく私が二宮君を嗜める。


「――そう……だな……」


「そうだとも」


 似合わない色眼鏡を外せて何よりです――と、私達も壇上で照れ臭そうにしている二人に拍手を送った。

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