第85話
篠崎さんから私が翡翠部長に恨まれているその理由を詳しく聞く。で、話を聞いた限りだと、翡翠部長さんの彼氏さんは野球部三年のキャプテン様。しかも一団を率いる実力もあって、高校卒業と同時にプロ野球球団に入団する予定だったのだとか。
だがしかし、知っての通り野球部は”夏の災厄”の一件で学校側からの見せしめにあった。夏の甲子園は強制辞退。それに加えて女子マネへのセクハラ行為で野球部顧問を停職させ、一部の部員達も喫煙飲酒で停学。真偽はどうあれ……で、どうやらその一部の部員にキャプテンが混じっていたらしい。
結果、ガセ情報の真偽はどうあれ野球部を辞めさせられると同時にプロ野球球団の話も無くなった――との事です。
「だから……さっきみたいな感じで翡翠部長に会えば確実にまた先輩彼氏の停学した時みたくヒステリックになる。――もう部長の陰湿な八つ当たりで部員や中等部の吹奏楽部に迷惑を掛けるのは勘弁願いたい」
「あらあらまあまぁ」
そのヒステリック時を思い出してしまったのか、篠崎さんの眉間に皺が寄る。全体的な表情も何処となく面窶れしていて、これは相当な苦労を伴ったとわかる。
弟君の件でも苦労している筈だし、今回は言う事を聞こう――と、そう思った矢先に此処まで届く怒鳴り声が聞こえた。
「――最悪だっ」
「? あっ」
怒声を聞くなり篠崎さんは駆け足。早々に空き教室から出ていき、私達もその後を追う。しかし怒声が聞こえた音楽室の前で二宮君が私を静止、外で待つ様に言いつける。
恐らくは私まで行くと事態が更にややこしくなると判断したんだろう。意図を受け取った私は素直に指示に従って、音楽室内部からは死角になる位置に身を隠した。
「――! これは」
梨を外で待たせ、俺だけが音楽室に入る。するとそこには柊と、柊を睨みつける翡翠とその取り巻き達が。そして先にこの事態を察知した篠崎が二人の間に入り一方的に怒り狂う翡翠達を必死に宥めようとする。
「落ち着け。頼むから落ち着いてくれ」
「煩い! ただの部員如きが部長である私に命令するな!!」
が、無駄。寧ろ篠崎を格下と蔑んでいる為に苛立ちは更に増してヒートアップ。流石に見てられないと俺も篠崎に加勢しようとしたが、先に柊が俺にその場で留まるように相槌を打って自ら翡翠に話しかけた。
「部員に対して、ましてや中等部の頃からの部活動仲間に飛んだ言い草だね? ねぇ翡翠部長」
「黙れ敗北者!! 私に負けて吹奏楽部から逃げ出した腰抜け風情が偉そうに!!」
「偉い? そうそうそうだとも。だって君達の生徒会長様だぜ?」
「ハッ。もうじきその座を降ろされる癖に」
「でもこの通り。まだ降ろされていな~い」
「ッ――馬鹿にしてッ!!」
”生徒会長”と書かれた腕章を誇示した柊にキレて掴みかかろうとする翡翠。でもすぐに篠崎と篠崎の友人達数名が抑えにかかる。
「お願いだからやめろ! 柊も! ――おい二宮! 早く柊を連れ出してくれ!!」
「! 柊」
「はいはい分かってますよ」
やれやれとした様子で出口に向かい、出る直前に何かを思い出して振り返る。
「あぁそうそう。馬鹿にしてるんじゃない。人並の悪知恵が働くケダモノ風情と思ってる」
「なッ!? お前――!!」
「誰が? 私が? この私が逃げ出した腰抜けだって? なら生徒会長選挙は辞退した方が良い。――五年前と同じく、その矮小な悪知恵で私や私の妹に勝てると思っているのなら尚更にね?」
とても冷たい。俺達と話していた時には想像もつかないような冷え切った眼差しで翡翠を見下ろす柊。
「行こうか?」
と、立ち尽くす俺に一言述べてから音楽室から出ていき、俺も急いでその後を追い掛ける。音楽室を出た先には拍手をする梨が待っていて、そんな梨を見て心から音楽室の外で待たせて良かったと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます