第66話

 Re:逐一殴ってから始める親子の会話――を、繰り返す事数回。

 殴っている母親の手は血まみれとなり、殴られている成神瑠々に至っては掴まれた腕を引き剥がそうとして爪の何枚かの先端部が剥がれて出血。3唾液-1であった血の混じった唾液の比例が逆転してようやく母親から解放された。


「――ッ……お、帯々君? 助けて? お姉ちゃんを助けてっ?」


 と、解放されて早々に弟である久遠帯々に助けを求める姉――成神瑠々。


 しかし残念でした。


「あらあらまあまぁ、残念ながらもう貴方に弟はいませんのよ?」


「な、なにをいって――」


「梨君。気が早いよ。そして弟ではなく家族。まぁこれも正確じゃないけれど……」


 眼鏡を掛けて仕事モードになった麻紗姉さんは私の発言を訂正しながら綺麗に折られた書類を手渡し、私は受け取った書類を這い蹲りながら久遠少年に近づこうとする成神瑠々の目の前に落とす。


 そして久遠少年も麻紗姉さんから同じ書類を手渡された。


「今二人に渡したのは全て記入済みの親権者変更調停申立書と特別養子縁組の書類の写し。分かりやすく言えば久遠帯々が貴方達母娘と絶縁する為の書類です」


「「!?」」


 麻紗姉さんの説明に当事者である二人が驚愕する。

 これが第三回目の報告会以降に私が麻紗姉さんに頼んでいた事です。まぁ提案者は麻紗姉さん自身なのですが……。

 ともあれ! これで久遠少年を苦しめた元凶と、ついでにその元凶を作り出した母親との繋がりは切れる。


 ――母親はやりすぎですって? 見つけたのなら罪を償わせながらやり直せばいいじゃないと? あらあらまあまぁ、安心して下さい。カエルの子がカエルなら、カエルの母親もまたカエルなのです。

 

 二人が何処で発見されたと思いますか? ――病院です。私のお父さんが見つけてくれました。

 発見者はヤの付く団体も診察する開業医の先輩からで危惧していた産婦人科ではありませんでしたが、この場合は悪い予感が的中するものです。悪い予感が、ね?


「全ての話し合いは終わっています。ですので調停が成立するのに約一か月程。その後、10日以内に親権者変更の届出。しかし此度の例では父方の祖父母に当たりますので親権者変更は行えません。なので今見て貰ってる書類の中にある特別養子縁組の書類を提出する事になります。俗にいう養子縁組です。日本の法律上、例え祖父母であっても親権は移せませんので」


「意味……わかんない……」


「――……ではお金を払ってご自分で調べて下さい。――んんっ。あァでも帯々君は何時でも何度でも聞いて良いからねェ? それと後悔するしないで悩んで欲しくないからァ先に言っておくんだけど、放棄した親権は帯々君次第で回復出来る。だから今は何も思わなくていい。心の成長の赴くままに気持ちの整理が付いてからじっくりと考えていこう?」


 と、眼鏡を外し、優しい声と共に麻紗姉さんは久遠少年の頭を撫でる。撫でられている少年の表情は多少強張っていたけれど、麻紗姉さんから受け取った書類の写しは少年の腕の中でとても大切そうに抱えられていた。


 ――さてと。伝えるべき事は全て伝えた。じゃあ最後の仕上げといきましょうか?


「はい」


 私は落ちていた酒瓶を拾い、それを母親と父親に差し出す。すると二人は驚愕しながら後退った。


「あらあらまあまぁ……まさか再起不能の約束を頬っぺたペチペチ程度で済まされるとでも?」


「そ、それはっ……でももう十分――」


 言い終わる前に持っていた酒瓶を母親に押し付けて静かにして貰う。


「反省してると――? 貴方に娘の気持ちが分かるんですか? 娘の狂気から最低な方法で逃げたのに?」


「あっ――……っ……」


 何も言えなくなる母親。短い後悔と葛藤の末に母親は酒瓶を掴む。

 ちなみに約束とは此処に来る前にしたもの。法律上の手続きが完了するまでの約1ヵ月と一週間。その期間を平穏で過ごしてもらう為に不安要素である成神瑠々は此処で潰します。私達が傍に居ない時に接触されると困るので。


 二人の親は後悔と葛藤に苦しみながら相槌を交わし、父親が成神瑠々を背後から拘束。叫ばれると煩いので彼女の口を塞ぐよう指示を出すと自らの腕を噛ませた。


「――ん? 何にしてるですか?」


 麻紗姉さんの話し声が聞こえたので振り返ってみると、麻紗姉さんが久遠少年を抱き締めてその後ろから淳兄さんが少年の耳を塞いでいる。


「もう十分だ。これ以上は心に刻まれて夢に出る」


「――そうですか」


 本当なら最期まで見て欲しかったけど、私よりも人生経験が豊富である淳兄さん達がそう判断したのならそれに従う。

 

「さぁどうぞ」


 と、私は何故か私を待っていた二人に開始の合図を出す。数秒後、部屋中に鈍い打撃音が計6回と、酒瓶がひび割れる派手な音が鳴り響くのだった――。

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