第57話

「え? 来てないの?」


 小学校を後にした私はお母さんが勤める病院の駐車場で、アルコール消毒を済ませたペンチを工具箱に戻しながら耳に当てたスマホ越しに聞き返す。

 電話の相手は二宮君。着信履歴が一時間前にあったので折り返しの電話をしてみたら約束の場所に久遠少女が来てない事を告げられた。


『あぁ来てない。焼き鳥屋のオバちゃんにも聞いたけど来てないって。それで九々が来たらそのまま引き留めてくれって頼んで色んな場所を探し回ったけど何処にも居なかった』


「あらあら……二宮君は今何処にいるの? もうスーパーに戻ってる?」


『戻ってる。そんで俺が居ない間も来てないってさ』


「あらあらまあまぁ」


 どうゆう事? 小学校へ向かう最中に見た時は確かにスーパーがある方角に全力疾走してた。それは確か。

 でも約束のスーパーには来ていない。集合時間も、いつもの放課後に集まる時間はとっくに過ぎている。

 もしかしたら正確な時間を設けてなかったからまだ来ていないだけ? 久遠少年同様に久遠少女も色々な準備で手間取ってるのかも?


 ――いや待って。なんだろう? 胸がざわついて落ち着かない。


「ねぇ二宮君? 学校を上履きのまま早退するって結構ヤバめかい?」


『ヤバめだ。しかも泣きそうになりながら外を走ってたんだろ?』


「うん。これってさ? 自殺とかに行き着くヤバさ?」


 ふと久遠少年と初めて出会った時を思い出しました。


『いやそれは無いだろ。今のあの子には俺達が居る。俺達で不足だったとしても母親が居る。そして何より今日は帯々と同じくらいあの子にとっても特別な日だ。――と、そう思いたい。スマンさっきのは無しで』


「? と、言いますと?」


『限界の迎え方次第で人は安易に行動する。お前が初めて帯々を見つけた時みたいにな』


「……」


『……』


 互いに無言。嫌な沈黙。――でもそのおかげで一人考える時間が出来た。


「――! もしかしたらお母さんの所かも……?」


『ん? 病院って事か? でもスーパーの方向に走っていくのが見えたんだろ? 真逆じゃん』


「でもその道中にはバス停がある。彼女のお母さんが入院している病院を経由するバスのバス停が」


『! 確かにあったな。はぁ……なんだ。じゃあ今は病院か。お母さんに甘えてるって所か』


「恐らくね」


 電話先の緊張していた声が安堵の声に変わり、私も行き着いた答えに安堵した。


『念の為に様子を確認しに行くか?』


「なら私が行こう。車だし」


『わかった。じゃあ俺は学校に戻ってから帰るわ。――! あぁそうだ。梨も教科書の他に何か持って帰る物はあるか?』


「ん、教科書? 何で?」


 急に変な事を言われて聞き返します。何故なら勉強道具は置き勉派なのでね!


『何でって……今日終業式。明日から冬休みだぞ?』


「――What? マジィ?」


『マジなんだが』


「お~あらあらまあまぁ」


 嘘……でしょ――?  明日から冬休み……だと――?


「言ってよ!」


『無理! 普通忘れない。学校に来ていながら夏休みの次に嬉しい長期休みの開始日を忘れてる学生なんてこの世にいません!!』


「此処にいるじゃないッ!?」


『いたな! 同じ学生の俺もビックリしてる!』


 と、学生漫才みたいなやり取りをお父さんが手ぶらで車に戻ってくるまで続けて約ニ十分後――久遠九々のお母さんが入院している病院に到着ス。


「え? 面会拒絶? 何かあったんですか?」


 見舞い者専用受付にて、受付の人から久遠少女のお母さんの面会が三十分程前から拒絶になっている事を告げられる。事前に四季先生の方で病院側に連絡をして貰っていたのでその理由を聞いてみた。


「はい。三十分程前に容態が悪化してしまいまして、面会は一部の親族の方々を除いて禁止となっています」


「! 容態の方は大丈夫なんですかっ?」


 容態悪化の説明を受けてつい食い気味に詳細を聞いてしまう。本来であれば親族でもない部外者の私に患者の詳しい容態を教える理由は無いのだが、受付の人は多少驚きながらも私の必死さと真剣さに免じて教えてくれた。


「大丈夫ですよ。悪化と言ってもここ最近起こらなかったパニック障害を起こしただけなので。現在は抗うつ剤を処方して眠っています」


「そうですか。それは良かったです」


 高鳴ってしまった胸を撫で下ろす。

 もし悪化具合が命に係わるレベルだったらクリスマス会どころの話じゃなくなっていた。でもこれで久遠少女が待ち合わせの時間になっても来なかった理由の答え合わせが出来た。

 やはり久遠少女はお母さんに会いに行ったんだろう。学校か家か――どのタイミングで病院からの連絡を貰ったのかは分からないけど。まぁそれはこの後で本人に聞いてみれば分かる話だ。

 

 そう思ってお礼と看護師さん経由で久遠少女に病院から帰る時に私に電話を掛けるよう、その旨の伝言を受付の人に伝えます。


 ――が、受付の人は首を傾げた。


「? 九々さんならまだお見えになってませんよ? お母様の容態悪化の件を伝えようと通われている小学校と何度かお住まいの方に連絡を入れたのですがどちらも不在でした。折り返しの電話すらまだ頂いておりません」


「え? ――! 受付を通さずに来たって事はありませんか?」


「それならまぁ……少々お待ちください」


 受付の人は受話器を取って何処かに連絡を取り、数十秒後に受付の人の眉が下がった。


「はい。ありがとうございました。――看護師長によりますと九々さん病室に来ていたそうです」


「? 来ていたそうって事は今はもう居ないんですか?」


「はい。こちらも三十分程前に、パニック障害を起こす前に来ていた見舞い者の女子高生の方と一緒にお帰りになったと」


「えっ――?」


 女子高生と聞いて再度胸が高鳴ってざわつく。

 私は恐る恐る受付の人にその来ていたと言っていた女子高生の名前を伺うと、受付の人は”見舞い者来訪記録表”と書かれた紙が挟まったバインダーを私に渡す。


「――……あらあらまあまぁ」


 。今日の日付と来訪時間と共に久遠帯々の姉の名前が記入されていました。

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