第30話

「疲れーた」


「疲かれーた」


 と、私――六出梨と、私の為に高速を使った挙句に一般道路でネズミ捕りとカーチェイスを繰り広げてまで来てくれた四季先生と二人で私の寝室から出る。出た先のリビングでは帰り支度を済ませた淳兄さんと麻紗姉さんが座っていて、洗い場ではに久遠尾々が食器類を洗い、二宮棗がそれを拭いて収納していた。


「大丈夫そうでしたか? お師匠」


「心音に異常は無かったよ。試させた呼吸法が支障なく持続出来てたからまぁとりあえず今夜は経過観察で。そんで明日の朝一で病院に直行。悪いが今日は泊まってくからよろしく」


「了解です。――では明日も朝一から仕事があるので俺と麻紗緋は帰ります」


 そう言って二人が席を立つと、丁度そのタイミングで洗い物が終了。淳兄さん達に続く形で二宮君と久遠少年も帰り支度を始めた。


「! おや久遠少年も帰るのかい?」


「はい。時間も時間なので」


「! あらあらまあまぁもうこんな時間なのね」


 時計を見る久遠尾々につられて部屋にある時計に視線を移すと、時計の針は22時を回ろうとしていた。


「じゃあ――」


 と、私が淳兄さんに車の送迎をお願いしようとしたらそれを遮って隣の四季先生が言う。


「いや泊った方が良いな」


「「「「?」」」」


「悪いが久遠君のお姉さんがハーレム入りした時点で彼女の事を色々と調べさせてもらった。――勿論、君もね」


「!」


「念の為に言っとくが! 歪んだ欲求は無いからな? 単純に……なんだ? トレンド? 流行り……だからトレンドか。今の学校で上位のトレンドだからな。それだけ」


「あぁ……」


 湧き上がって噴火間近だった好奇心と邪心に釘を刺されてシュンとなる。

 

 あらあらまあまぁ、なんだよぅ! 二宮君も四季先生も揃いも揃って私の愉しみを潰してもぅ!?


「そこの不満顔は置いといて、泊った方が良いとは?」


 と、二宮棗が先の提案の説明を求め、それに対して四季先生は爆弾を落とした。


「ん? そりゃあれだよ。今、久遠君の家では大乱交スプラッシュピストンズ中だからだよきっと」


「……は?」


「「「……」」」


 二宮棗は抱いた感情を声と表情で表現し、淳兄さんと麻紗姉さんと久遠尾々は抱いた感情で言葉を失い――、


「おっほ」


 私は私で抱いた感情で変な嗤いが出る。そして私は頭に浮かんだ数字と英単語を口にした。


「6P?」


「8P」


「おっほぉッ――!?」


 最新作と並びもうした!? 私の時が最大4Pの〇4だったのが今やもう最新ハードで遊ぶ最新作! 私が初代で久遠少年が最新作!! あらあらまあまぁたまげたなぁ……。


 ――ふっ。


「どうゆう神経してんだ?」


「っあ! ごめんなさい。――……ん?」


 二宮棗の口から放たれたマジトーンに咄嗟に反応して謝罪する私――だったが、当の二宮棗は私を見てはいなかった。


「弟を悪者に仕立てた挙句、生きてちゃいけないとまで思わせる程の何かを言って? ――え? 言ったその日に男を家に招いてセックス三昧? しかもお仲間を招いて乱交三昧?? ――……マ……ジで、どうゆう……神経してんだ?」


「本当にな」


「本当にねェ」


 俯き、顔を見せない様にしている久遠尾々を見下ろしながら声を震わせる二宮棗と、その二人を見る淳兄さんと麻紗姉さん。

 職業柄、そして身内に一人いる為か、淳兄さん達の声は震えておらず冷静沈着。――が、しかし憎悪は静かに滲んで溢れていた。


 ちなみに私と先生は心がそこはかとなく通じ合っているので先ほどの4P・8Pの会話の後、似たり寄ったりの事を思っていた事を互いに察してしまい顔がにやけるのをそこはかとなく耐えています。


 耐えていますが! 話を進めますっ。


「お泊りっ! 良いよぉ大歓迎だよぉ。好きなだけ泊っていきんしゃい」


「そ、そうか! 淳達はどうだ? 警察が普通に毛嫌いするタイプの面倒事だし普通に嫌か?」


「そんなわけないでしょう? 今日の話を聞いたら尚更」


 四季先生の問いかけに少し怒りながら即答する淳兄さん。隣にいる麻紗姉さんに至っては先ほど滲んで溢れていた憎悪の一部を意図的に四季先生に差し向けていた。


「あ、あのっ! 流石にこれ以上ご迷惑をお掛けするわけには!!」


「ご迷惑だと思ってるなら尚更今抱いている諸々の感情を飲み込め。皿洗ってる時に話したろ? 甘えて良い相手に甘えない事の方が迷惑だし、甘えるべき時に甘えられないのはもっと迷惑な事だって」


「!」


 !? え……? ……ぁ……え! えぇ!? 二宮君ッ!?!? と、今の二宮君の発言にレンチン生卵爆弾並みの衝撃を受ける。


「!? お、おぉ? おっほ! あらあらまあまぁなんて素敵っ……素晴らしい!!」


「先生! 生徒の成長に泣きそう」


「お、おぉ~……あの棗君の口からそんな言葉を聞けるとは思わなかったな。――あ、ちょっとタンマ」


「うちの子がァ……」


 二宮君の衝撃発言に私、四季先生、淳兄さん、麻紗姉さんは歓喜に咽ぶ。特に大人組は涙腺にも影響が及んでいるご様子で、それを見た発言者は「そこまで!?」と、顔を真っ赤にさせながら驚いていた。


「――ん。まぁでもまさにその通り。しかも今、家には尾々君を傷つけた人がおかしな事をしている。これで尾々君が家に帰ってそこで酷い目に合ったら俺達も辛い。ちゃんとでも、無理矢理にでも帰らせずに泊めてたら――って、後悔と罪悪感を感じる」


「そうそゥ。あと一歩で救えたかもしれないってのはァ、結構辛い。職業柄、そうゆう場面に何度も遭遇してるけれど慣れない。寧ろ救えなかった分、積み重なっていく。だからァお姉さん達を救うと思って我儘を聞いてるれると助かる」


「――はい。――……わかり……ました……」


 顔に影を落としながらの微笑みに闇を感じ取ったのか泊まる事を承諾する。

 

 あぁ二人共。なんと説得力がある事か。確かにホストとキャバクラはその”あと一歩”が特段多そうなイメージが多いね。それと医者と弁護士と――って、二人共その両方を兼ね揃えてるじゃん! なるほどだからこんなに説得力があるのか。

 

 ちなみに現役の医者である四季先生は少し羨ましそうに淳兄さん達を見ていてその……エモいです。


「宜しい! じゃあ今日は私達の家でお泊りって事で。明日からの事は明日話し合いましょう」


 私の言葉に全員が賛同の声を上げ、淳兄さんと麻紗姉さんと二宮君が帰宅。宿泊組の二人の内、四季先生は自分の夕食を買いにコンビニへ行き、その間に久遠尾々と私の順番で入浴を済ませる。少年が入浴を済ませて髪を乾かし終えた頃には私と少年の意識は大分睡魔に侵食されていた。


 その為か、


「あの……もし嫌なら断って貰って良いんですけども……その……一緒に寝ても良いでしょうか?」


 とまぁ私に思春期真っ盛りにしては珍しいお願いをしてきた。

 あらあらまあまぁ、これは二宮君や淳兄さん達の『甘えなさい』が思った以上に心に響いたのかな? 

 

 私は一言「構わんよ」と、少年を私の寝床に招き入れた。

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