第18話

「――髪、切ろう」


 と、俺こと二宮棗は提案する。流石にいきなりだったので当の本人は「え?」と首を傾げたし、淳さんと麻紗緋さんも六出と同じ反応を見せていた。


「髪、切れるなら切った方が良いと思う」


 三人が首を傾げる中、俺はそれでも髪を見る事を提案し続けた。あの涙の理由に心当たりがあったから。

 

 ――もし、もしも俺の記憶が正しければ六出が髪を切れなかった理由は例の二人にある。そう六出に恋心を抱きそれを押し付けていた島之南帆と、その島之南帆に恋心を抱きながらも自身のソレを自分勝手で傍迷惑過ぎる理由で押し殺して島之南帆の恋を成就させようとしてた奈々氏景隆の二人だ。


 ――あぁ駄目だ。奈々氏景隆に関しては本当に駄目だ。六出が入院中の時にこいつに会いに行って話をしたのだが思っていた以上に糞野郎で未だにあの時の会話を思い出すと虫唾が走る。


「まぁその意見には賛成するけど流石にもうこの時間帯だとやってないんでない?」


「なら今日はネット予約して明日行こう」


 六出は柱に設置された時計に視線を移したが俺は引き下がらずに代わりの案を言う。そしたら淳さんと麻紗緋さんはその目を少し細めながら俺を観察し、その後互いを見た。


「――ちょっと待ってねェ」


 と、麻紗緋さんが自身のスマホを取り出して誰かに電話を入れるとものの数秒でスマホを耳から離した。


「丁度この一階に私の高校時代の友人がやってる美容院があってねェ。営業時間過ぎてるけど是非の是非で来てくれってさァ」


「え? でもそれは流石に……」


「行け。良い時間潰しにもなる」


「っ、あらあらまあまぁ……はいわかりました」


 淳さんの命令口調とその口調にあった表情により流石の六出も容易く折れて麻紗緋さんと二人で一階へ降りるエスカレーターに乗っていった。


「さてと……気づいた事を教えて貰おうか? 棗君」


「っ――わ、分かってます」


 初めて緊張による生唾を飲んだ。口は当然の事、目から感情が消えたその淳さんの横顔に戦慄した。おそらくこの人は気づいたのだろう。俺が気づいた六出が髪を切れなかった理由――その理由が不快な事に。

 そして六出のあの涙を見た以上、不快では済まないと思い俺は話す前に深呼吸をした。


「スゥ……フゥ……。六出は例の二人、幼馴染だった島之南帆と奈々氏景隆から髪を切る事を制限されてたんだと思います。――いや、もしかしたら他にも色々と……」


 腹を決めて全てを話そうと俺は話を始めた。


 

 ――15分後。


「なにそれ? ざけんなよ。誰にも梨の素顔を見せたくなかったから髪を切らせなかった? 私の恋心に気づかなかったからイケメン転校生に股ァ開いたァ? そんで一方的に裏切っただァ!? ――なにそれ? ギャグにしても気持ち悪いよ」


「一応幼稚園からの恋心だったとか」


「――だから? だからなに?」

 

 と、俺が伝えられる事を全て伝え、淳さんが顔を伏せながら頭を抱えること10分。六出をお店に送り届けた麻紗緋さんが戻り、淳さんから私の話を要約して伝えるなり今の感想が飛び出た。

 

 二人共、俺に顔を見せないように顔を伏せ、額に手を当てる。

 

「そしてェ? ――ハッ! 惚れた女の恋愛成就を手伝うのは分かる。親友よりィ? 初恋相手を優先するのもまァ分かる。でもそうなった理由が意味わからない。”好きだけど俺じゃ幸せに出来ないから好きな相手の恋路を応援しよう。それで俺はこの恋を諦めたんだからお前は俺の代わりに惚れた女を幸せにする義務がある”とォ? ――なにそれ? 生まれながらの種無し租チン野郎が挑戦しない為にインポになった癖にその理由を梨に押し付けてんじゃねェよ」


「同感だ。この話をあの日、車の中で聞かなくて良かったよ。……ハハッ! ハハハ――」


「……」


 二人から滲み出る憎悪が凄まじい。隣に座っているだけで肌がヒリヒリするレベル――だからなのか、全てを話す事を躊躇った。

 俺は例の梨が巻き込まれた乱闘騒ぎが実は世間に報じられたものと大分違っている事を知っている。しかし未だに確証を得られてはいなかった。

 でも確かにあの日、乱闘騒ぎの後に会いに行った時に奈々氏景隆は会話の中で言っていたのだ。小声でポロっと『話が違う』と。


 ――おかしくないか? ただの乱闘騒ぎであれば『話と違う』なんて台詞はまず出ないはずだ。そもそもどうして島之南帆と奈々氏景隆は放課後に不良の秘密の溜り場に行ったんだ? 島之南帆と霧島海が兄妹であることがバレたのは事件発生後。ならそれまでは秘密にしてたって訳だ。

 それなのに行った。しかも例の乱闘騒ぎがあった日に。でもその疑問を解消したくとも奈々氏景隆とはその日以降まともに話せていない。島之南帆に関しては六出の話をした途端にヒステリックを起こすようになり会話が成立しない。当事者の六出と事情を知ってそうな四季先生は『世間に出回った真実が全て』と言って話さない。


「!」


 そう言えば六出の夏休み明けの初登校時、『なんでアンタが被害者なのよッ!? お兄ちゃんの目を抉り取った癖にッ! 倒れてるお兄ちゃんを踏みつけてた癖にッ!! その上で笑ってた癖にッ』と島之南帆は発狂していた。正直、事件発生後の島之南帆はマスコミからの必要以上の取材で大分メンタルを病んでいた。終いには虚言癖を患いある事ない事を誇張して言い撒くる始末で、奈々氏景隆以外の仲が良い友人達は次第に嫌気をさして今やそのほとんどが彼女と距離を置く始末だ。だからあの叫びもヒステリックによる虚言癖から出たものだと思ったし、あの場にいたクラスメイト達も俺と同じような視線を送っていた。


「――め」


 もしも……もしも島之南帆の叫びが真実だとしたら? 島之南帆と奈々氏景隆はあの日、事前に六出があの場所に居た事を知っていた? だとしたらあれは乱闘騒ぎじゃなくてたった一人を痛めつける私刑――ッ? だから学校側はあんな対応をしてたのか!? 真実を乱闘騒ぎで覆い隠す為にッ!


「棗」


「っ!? な、なんでしょうか?」


 不意に肩を掴まれて意識が思考回路から現実へ引き戻される。思考にのめり込んでいた為に肩を掴まれるまで気づず、俺は今の考えを悟られない様に口角に力を入れた。心頭滅却精神統一でもしたのか淳さんと麻紗緋さんから憎悪の一切が消えていた。それはもう不気味なほどに。


「ちょっと席を離れる。麻紗緋と二人っきりで話したい事が出来た」


「あっ、はい。わかりました」


 引き攣りそうな口角を無理矢理押さえつけて返事を返す。口角が痛てぇ。


「そこの紙袋ォ、置いてくからちょっとよろしくねェ」


 そう言って麻紗緋さんはこちらへ戻ってくる時に携えていた小さい紙袋を俺の真横に置いて一人エスカレーターに向かった淳さんを追った。


「ふぅ」


 完全に一人になった途端にため息が漏れる。あんな重くて息苦しい会話は工場でもなかった。


「考えすぎだな」


 と、重圧から解放で余裕が出来たおかげか冷静になり今の言葉が自然と出た。まぁ確かに、さっきの考えは流石に度が過ぎてる。ありえないだろう私刑も学校側の隠蔽も。考えすぎ、飛躍のしすぎだ。


「……ん?」


 ふと周囲――上の階が騒がしい事に気づく。騒ぎの中心に視線を向けると映画館から人が大量に出てくる所だった。


「映画か。そう言えば来月見たい映画があるんだった……六出を誘ってみようかな? ――あっ……ハハ」


 我ながら高校生のようなセリフだと思った。誰かと映画に行こうだなんて犯罪者の子供となってからは一度たりとも考えられなかった。ましてや口に出すこともあり得なかった。


「――フッ」


 それが今はどうだ? 最近はありえないと思っていた事ばかりが起こっている。六出とこうなる前となった後を含めるともう両手の指じゃ足りない。


「今日は……いや今日も楽しかった」


 自然と瞼が落ちて今日一日が脳内を駆け巡る。きっと今の俺は少し笑っている。通行人が今の俺を見たら一人で妄想にニヤニヤしている気持ち悪い奴だと思うだろう。


 でもそんなのは知ったこっちゃない。周囲の目など気にならない程に脳内を駆け巡っている思い出は楽しいものばかりで目頭が熱くなるものばかりだから。


 ――……そう感傷に浸ってたのに、


「テメェなにそんな楽しそうな顔してんだ?」


「!? お前等――」


 不快な声に瞼を開けて顔をあげると、奈々氏景隆と島之南帆とその他2名がまるで教室に迷い込んだ大型の虫を見る様な不快な目で俺を見下ろしていた。

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