殺してバニーガール

入江弥彦

お父さんに似て可哀想

 私と違って美人だ。

 艶のあるバニーガールの衣装が、宇佐美くんの美しさに背徳感を追加している。

 首にかけられた手の力が遠慮がちに増していく。髪の毛のカーテンにとらわれて見上げた彼の顔は眉間に少しシワが寄っていて、それが綺麗な顔を一層引き立てている。人間は完璧なものよりも少し欠点があるものに惹かれるらしい。眉間のシワが唯一の欠点だというのなら、この男はどれだけ恵まれた容姿をしているのだろうか。


 彼の頭から生えた二本の垂れた耳が視界に入った。耳は立っているほうが可愛いかもしれない。せっかく高級感のある生地を選んだのに、少し俗っぽく見えてしまう。

 呼吸は苦しくないのに、頭がぼんやりとしてくる。押さえている場所が少し違うからだろう。そこは血管であって気道じゃない、それを伝えようと口を開くが声がせき止められてでてこない。今の私はきっとひどい顔をしているのだろうなあと思っていると、彼が目尻を下げて口をひらいた。



「おまえ、ブスだな」



 失礼な。あ、いや、失礼じゃない。彼は淡々と事実を述べただけだし、そう言う資格のある美貌を持っている。人を貶すのに美貌の有無があるのかと聞かれたら道徳的にはノーだけど、私としては三回まわってワンと吠えてしまうくらいイエスだ。あれってイエスって意味なのかな。たぶん服従の証みたいなものだろう。犬のことはよくわからないけれど。



「げほっ」



 突然手を離されて汚い音が出た。何度か同じような音が出る。

 汚い。汚いな。咳まで不細工だ。

 私の咳が収まるのを待って、宇佐美くんが手を差し出した。

彫刻のような彼の手に触れることをためらっていると手首をつかまれて無理やり起こされる。



「いつまで俺のベッドに寝転がってるつもり?」


「え、あ、ごめん……!」



 慌てて飛び降りてフローリングに正座すると、宇佐美くんが私の前にしゃがみこんだ。嫌でも視線が足の間に吸い込まれる。無駄な肉がついていないから、網タイツがよく似合っていた。



「うわ、足閉じて」


「変態」


「別にみてないです」



 どちらかというとはたから見て変態なのはバニーガール姿の宇佐美くんのはずなのに、彼の一言で私の罪が大きくなるようだった。先ほどまで私の首を絞めていた彼は涼しい顔をして自分の全身を確認する。



「胸のところ、少し緩い」



 宇佐美くんが人差し指を胸の前の生地に引っ掛けて前後に動かす。無数に咲いた赤い痣がよく見えて、私の目にモザイク機能が搭載されていないことを恨んだ。

 いくら女顔とはいえ骨格は男性のそれだ。もう少し考慮して作るべきだった。



「おっぱいないもんね……」


「あってたまるか」


「修正する」



 彼から目をそらしてそう言うと、宇佐美くんは鏡の前に移動して様々なポースをとる。其れから顔をしかめて、嫌な顔面と呟いた。



「なんで? きれいだよ」



 すかさず彼の言葉を否定すると、知ってると呆れた声が返ってくる。



「じゃあどうして」


「母親に似てるから」


「……私もお母さんに似たかったな」



 お父さんに似ていて可哀想、何度そう言われただろう。直接的なものもあれば、聞こえていないと思っている内緒話、それから善意で教えられる噂まで。数えだしたらきりがない。私はそれほどまでにお父さんに似ていた。


 休日はよく遊んでくれたし、大きな企業で働いていて不自由な思いをしたことはない。いいお父さんだと言われればきっとそうなのだろう。顔以外は。



「なんだよ」



 バツが悪そうに顔をしかめた宇佐美くんは私のお母さんに似ている。



「今日も殺してくれなかったね」



 宇佐美くんの家に来て、彼にバニーガールの衣装を着せる。首を絞めて殺してもらう。美しいものに奪われたい私と、父親を恨んでこの部屋を事故物件にしたい宇佐美くん。利害は一致しているはずなのに。今日でもう、四度目だった。



「お前さ、本当に死にたいの?」


「どうしてそんなこと聞くの?」



 咄嗟に答えられずに質問に質問で返すと、彼はため息を吐いてから再度胸元をぱかぱかと確認した。



「あ、衣装の調節して持ってくるね。来週の土曜日はあいてる?」


「テスト前じゃん」


「あ、そっか、じゃあ再来週」


「ん、あけとく」



 どうして彼がこんなことに付き合ってくれるのかはわからないけれど、断られないだけありがたい。



「あ、チエリ、これさ、来週返してもいい?」


「え、いいけど学校では……」


「話しかけないから。また連絡する」


「それならいいよ」



 私と宇佐美くんはクラスメイトだ。簡単な挨拶はかわすし提出物について声掛けはするけれど、移動教室を共にしたり休み時間を過ごしたりはしない。

 自分の身分をわきまえて適度な距離を保っていた。宇佐美くんが私に話しかけても、クラスメイトは慈善事業だと思うことだろう。隣の県から通っている彼は、一目置かれているから。



「じゃあ、また月曜日ね」



 こんな所にいないでうちにおいでよ。その言葉を飲み込んで彼が父親と二人で住むアパートを出る。階段が軋んで今にも崩れそうだった。

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