第34話
誰もいない部屋が酷く広く感じる。ソファーに座る零の横で子猫が丸くなって眠っている。
やらなければならない事もあるのにパソコンを開く気にもならない。
ふと莉央を胸に抱いた直斗の姿を思い出し喉の奥が熱くなった……。
頭を振りその映像を無理に追い出すと立ち上がりキッチンへ向かいコーヒーを淹れる為にポットのスィッチを入れた。
———きっと……もうすぐ直斗くんが帰ってくるから………きっと……もうすぐ………
莉央と一緒に部屋を出て行った直斗が…もう戻ってこない様な気がして怖くなる。余りにも二人の姿が自然で…隣に自分がいる直斗を思い描けない……。
———直斗くん………早く……帰ってきてよ………。
壁に寄りかかりしゃがみ込んだ……。
———………会いたい………。
「ただいまー」
玄関が開く音とともに直斗の声が響き、零が顔を上げた。
───直斗くん…………
「……あれ?……零?」
キッチンの隅でしゃがむ零に気付かず部屋を見回している。寝室にまで行ってからやっとキッチンの零に気付いた。
「お前……何やってんの……?」
眉を顰め不思議そうに見つめ
「あ………遅かったから…怒ってる?」
そう言いながらそばまで来ると、カバンの中からゲーム機を取り出し
「家からパクってきた。零と一緒にやろうと思って」
嬉しそうにニヤっと笑った。
零の顔が徐々に歪んでいくのに気付き直斗がまた眉を顰めた。
「どうした?なんかあった?」
直斗の言葉が言い終わらないうちに零が直斗に抱きついた。
「零⁉︎」
零の勢いに思わず尻餅をつき腕で体を支える直斗の首に零がキツく抱きつく。
「どうしたんだよ……?」
直斗が困ったように笑い零の頭を片手で撫でる。
───帰って来てくれなかったら……どうしようかと思った…………。
「……会いたかった………」
零が泣きそうになるのを堪えながら小さな声で告げた…。
「何だよ」
直斗が照れたように笑い
「俺も…会いたかった…。遅くなってごめんな」
そう言って抱きつく零の耳に優しくキスをする。すると抱きしめる腕に一層力が入り、直斗の首に温かい何かが落ちた。
「───!?……零…?」
直斗が顔を見ようとするが、零が首に抱きつき離れない。
するとまた…首に、肩に…肌とは違う温かさを感じた…。
「……零………どうした?……なんかあったのか……?」
泣いているのに気付き直斗の声色が変わった。零が首を横に振り、それでもまだ直斗から離れない。
「…康平になんかされた?」
直斗の言葉に零が慌てて首を横に振る。
「…………じゃぁ…水野だ!?あいつになんかされたんだろ!?……あいつ……明日俺がぶっ飛ばしてやるよ」
その言葉にも大袈裟な程また首を振る。そしてフッと零が笑うのが分かると、直斗は両手で零を抱きしめそのまま狭いキッチンの床に寝転がった。
「───うわっ!…………」
零が思わず声を上げて直斗の上に倒れ込む。
「……やっと顔見れた」
直斗がニッと笑い
「何泣いてんだよ……?」
そう言いながら指で零の涙を拭いた。
零は答えず今度は直斗の胸に顔を隠す。直斗は困ったようにため息をつくと
「……………晩飯…買いに行かね?時間も遅いしさ……。たまには……一緒に歩いて行こ?」
そう言って零を優しく抱きしめた。
着替えだけ済ませると二人でコンビニまで買い物に出かけた。お互い食べたい物を買い、零の好きな甘い物も二人で選んで買った。その頃になると零も笑顔に戻り、帰り道は二人で話をしながら歩いている。
「なんで泣いてたか言ってみな?」
直斗の問いかけに零がまた俯き
「………………直斗くんが………もう…帰ってきてくれない様な気がして………」
ぼそっと呟いた。
「はあ⁉︎」
直斗は立ち止まり、驚いて声を上げた。
「………何で…そうなったの…?」
眉を顰め本気で解らないと言いたげに零の顔を覗き込む。
「だって………」
———森下さんを胸に抱く直斗くんが……本当に自然で………
「莉央を……抱きしめたから?」
黙っている零に直斗が言葉にすると、零の顔が緊張したように微かに赤くなり、声にはならない返事をした。
「あれはさぁ、ああでもしなきゃ収まらなかったでしょ⁉︎それに……零が莉央にもっと優しくしろっつったんじゃ
ん………」
直斗が言い訳するようにまた零の顔を覗き込んだ。
「でもっ!………何も……抱きしめなくても………」
零が赤い顔のまま口を尖らせた。
直斗が困った様に笑って頭をポリポリと掻きながら
「……分かった、悪かったよ…。もうしない」
そう言って微笑み零の手を取り、繋いだまま歩き出した。
「……手…………」
零が直斗に引っ張られて歩き出す。
「いいじゃん?繋いで帰ろうぜ」
振り返りニッと笑う。
──だって……まだ人が全然いない訳じゃないのに…………。
零の心臓が悲鳴をあげそうな程早くなっている。
「もう、お前以外抱きしめないよ」
少し前を直斗が歩きながら
「その代わり……零も俺以外に触らせるなよな……」
突然そう言った。
「───え…………?」
「約束だからな」
直斗が振り返り…真っ赤な顔で零を見つめた。
「解った!?」
呆然と直斗を見つめる零にぐっと顔を近づけ軽く睨む。
「……うん。…解った……」
零が嬉しそうに微笑み俯く。
「………零……?」
しかしすぐに直斗に呼ばれ顔を上げると
「好きだよ」
そう言って直斗に触れるだけのキスをされた。
「───なっ……!?」
零が一瞬で真っ赤になり周りを見回す。
「早く帰って続きしよっ」
直斗はご機嫌でそう言うと零の手を引き歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます