第17話

久々に来るノブの店はまだ6時前だというのに若者で賑わっていた。


「やっと来たか!」


ノブが嬉しそうに直斗に向けてニヤッと笑った。


「別に来たくて来たんじゃねぇよ」


直斗は相変わらず不機嫌そうにカウンターに座り周りを見渡した。


「相変わらず繁盛してんじゃん。俺来る必要ねぇだろ」


直斗一人の飲み代なんてたかが知れている。


「お前の飲み代なんて当てにしてねぇよ。お前が来なきゃ口説くもんも口説けねえだろ」


ノブは冗談ぽくそう言って笑った。直斗はノブの一番のお気に入りだ。

注文も聞かずにノブは直斗の前にジンリッキーを置いた。

その腕には手首までキレイに刺青が入っている。


「珠里がお前探してたぞ」


「誰だよそれ」


関心が無さそうに酒を口にすると


「もう忘れたか?前、お前も会ってみたいって言ってただろ?ヴェールで人気の娘だよ」


ノブはこの辺で一番大きいクラブの名前を出した。


「覚えてねぇし」


「ホントお前って適当な」


そう言ってノブが笑った。

康平を目で探すと、店の仲間ともう女の子に声を掛けている。


「あんたさぁ……」


酒を飲みながら直斗がノブに話しかけた。


「なんだよ」


「ホモだっけ?」


「なんだ?突然……。俺はホモじゃなくてバイな。だいたい今どきそんな言い方すんのお前くらいなもんだぞ」


ノブが直斗の前に肘をつき興味津々と顔を近づけた。


「やっと俺に抱かれる気になったか?」


「アホか……。誰があんたみたいなマッチョゴリラとやるかよ」


「相変わらず冷てえな」


ノブがケラケラと笑ったかと思うと


「なら、なんでそんな事聞いた?」


ニヤニヤしながら一層顔を近づけた。


「気になる男でもできたか?」


「…………うるせーよ」


「やったのか?」


「やってねぇよ………」


───いい雰囲気にはなったけど………

けど……ちょっと待って………………


直斗が眉間に皺を寄せて酒を飲む手を止めた。


───いい雰囲気になったところで……その先は………………!?そもそも男同士って……どうやんの!?……


「……わかんねぇ…………」


「あ?」


呆然とする直斗が呟いた言葉にノブが反応する。


「何が分かんねえんだよ?」


「……男同士って……どうやんの…?」


「はあ!?お前……そんな事も知らねぇのかよ」


ノブが呆れたように言ったかと思うと、次は嬉しそうに直斗の耳に触れそうな程口を近づけた。


「ケツの穴使うんだよ。俗に言うアナルセックスってヤツ」


そう言ってニヤッと笑った。


「…………マジか……」


「今時男同士じゃなくても、してる奴なんて腐る程いるぞ」


ノブはタバコを取り出し火をつけると直斗の口に咥えさせた。


「上手くやりゃ相当気持ちイイらしいぞ。まあ…俺はタチ専門だから…自分じゃ分からねぇけどな」


直斗がタバコを吸い込み手に持ち替えた。


───マジかよ………………


口の中にタバコ独特の苦味が広がり顔を顰める。


「そんな事も知らねぇで、よく男とやる気になったな」


「……うっせぇな……」


───俺だって今日の今日まで男とやりたいと思う日がくるとは思ってなかったよ…


「そいつはネコか?」


「ネコ……?」


意味が解らないと言ったように眉を顰める直斗にノブが愉快そうに笑った。


「知るわけねぇか!……いわゆる『女側』だよ、タチは『男側』俺はタチ専門だから、俺がお前を抱く時はお前が『入れられる側』ってこと」


「……そんなんあるの……?」


───そんなん……聞いてないんだけど……


「まあ両方OKってヤツもいるしな。仮にお前の相手がタチ専だったら……」


ノブの話に直斗が思わず生唾を飲み込んだ。


「お前は……ケツの穴に突っ込まれるってことだよ」


ノブが耳元で囁くようにい言うと声を上げて笑った。


───いや…………無理だろ…………出来る気がしない…………。


「なんの話してんの?」


ノブと直斗の話に突然女が割り込んできた。


「こっちの話」


ノブが意味深気に直斗から離れる。


「ふーん……。ねえ、直斗でしょ?」


考え込んでいた直斗の顔を女が覗き込む。


「そうだけど……」


訝しげにノブを見ると


「珠里だよ」


珠里の為のカクテルを作りながら顎で教えた。


「ミアさんの子なんでしょ?会ってみたかったんだよね」


そう言って隣に座った。


───ミアの子ね…………


直斗は短くなったタバコを灰皿に押し付け残り少なくなった酒を口に流し込んだ。


「いい男だって聞いてたから……会えるの楽しみにしてたんだけど。思ってたよりずっと……私のタイプ……」


珠里が耳元で囁く。

直斗が品定めするように珠里に視線を向けた。


───派手過ぎ……美人だけど…………俺の好みじゃないな……。


「こりゃどうも」


直斗が素っ気なく返すと


「今日のこいつはやめとけ。どうも誰かに入れ込んでるらしい」


ノブが珠里の前にカクテルを置いた。


「……そうなの?噂じゃ誰にも本気にならないって聞いたけど……」


「こいつは基本、盛りがついた猿だからな。どうせすぐ冷めるさ」


ノブが揶揄いながら直斗にも新しい酒を出すと


「誰が猿だよ」


直斗が面白くなさそうに酒を口に運んだ。


「えー……せっかく会えたのに……。『あっちの方』も上手いって聞いてたから楽しみにしてたのになぁ……」


珠里が含んだ言い方をして上目遣いで直斗を見つめる。

大きくあいた服からキレイに膨らんだ胸の谷間が見える。


───面倒臭せぇ…………


昨日の直斗だったらこの場でキスするくらいの事はしていただろう。

だけど今は……全く興味すら湧かない……。


「その娘…私より……可愛い?」


珠里が色っぽく微笑んだ。

近付く珠里の身体からキツい香水の香りがする。以前なら何も思わなかった匂いが鼻についた。


「あいつの方が……ここにいる誰よりも可愛いよ」


直斗が口の片方だけを上げて笑った。


「何より…あんたよりずっと清潔感があって……めちゃくちゃ…………優しく笑う…………」


紡木の優しく笑う顔が……

キスされて真っ赤に照れた顔が……蘇る……。


───ダメだ…………俺…………


「わりぃ、俺帰るわ」


直斗は立ち上がり


「飲み代、康平からとっといて!」


そう言って出口へ向かった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る