第11話

しかし、結局食べられるわけもなく……。

半分以上紡木に食べてもらった。それでも直斗の胃は微かに悲鳴を上げている……。


「あんた、本当に大食いな……」


直斗の分までペロッと食べた紡木に尊敬の念さえ抱き始めていた……。


「食べない時は一日食べなくても平気なんだけどね。…でも、甘い物はいくらでも食べられるかも」


駐車場までの道のりを二人で歩いている。

その『いくらでも』が本当にいくらでも食べそうで……今は考えただけで気持ち悪くなりそうだった。

駐車場に着く少し手間で、急に直斗が足を止め周りを気にしだした。


「どうかした?」


紡木が聞くがそれにも答えず、ずっと立ち止まっている。

その時、紡木の耳にも微かに『ミャー』と子猫の鳴き声が聞こえた。

しかもただ鳴いてるだけではなく必死に鳴いている様に聞こえる。

直斗が微かに聴こえる声を頼りに探すと、ごみ捨て場に捨ててある箱の中からだと判り、それを拾い出し開けた。

中でちいさな子猫が必死に鳴いている。


「……ひでぇな……」


直斗が慌てて抱き抱えると、腕の中でミャーミャー必死に鳴き出す。


「………母猫を探してるんじゃないかな…」


紡木が覗き込む。


「……腹減ってんのかも………ちょっと、こいつと待ってて」


直斗に子猫を差し出され、紡木が一瞬怯んだ。


「……猫苦手?」


「あ……いや……そうじゃないんだけど」


紡木が困った様に目を逸らし


「……アレルギーがあるんだ…。触ると蕁麻疹が出て……。食べ物を買いに行こうとしたんでしょ?俺買ってくるよ」


そう言うとさっき通り過ぎたばかりのコンビニへ急いで向かって行った。


紡木が買ってきた猫用の缶詰を凄い勢いで食べると子猫は少し満足した様に大人しくなった。


「良かったな」


直斗が抱き上げ首の下を撫でると気持ち良さそうに目を細めている。


「こいつ…捨てられたんだよな…?……うちアパートだから連れて帰れねぇし…」


直斗の腕の中で大人しく撫でられている子猫を見ながら


「うちもアパートだけど……少しの間なら……飼い主見つかるまでなら何とか……」


紡木が顎に指を当て「他に飼ってる人いるし……」と何やら考えている。


「……でもアレルギーあるんだろ?」


「……そうだけど…まさか放っておく訳にもいかないでしょ…。キレイに洗ってやれば多分…まだいいと思うから」


紡木が直斗の腕の中の猫を触りたそうにしているのが分かり


──好きだけどダメってやつか……


つい苦笑いしてしまう。


「だから……うちでこの子洗ってあげてほしいんだけど……」


「俺が!?」


「……申し訳ない……」


───そりゃそうか……あんまり触れないんだもんな…。


「まぁ……俺が見つけたんだし…別に良いけど……」


直斗と紡木はまさか子猫だけを連れて帰る訳にもいかず、まだ営業しているホームセンターに寄り、猫用のトイレやらシャンプーやら、ごっそり買い込んでから紡木の家へ向かった。




紡木の家に着くと、部屋で子猫が逃げない様に直斗が抱っこをしている間に、紡木が大急ぎで子猫を洗う準備をした。

シャンプーとブラシは浴室に、バスタオルは洗面所に。

そしていよいよ直斗が子猫を洗っている間に紡木が部屋の隅にトイレを設置する。

すると浴室で子猫が凄い勢いで鳴いているのが耳に届き、それと同時に「ちょっと待って」とか「イテッ」とか…直斗の声も聞こえてきた。


「やっと終わったー!」


その言葉と共にまだタオルで拭かれただけの濡れた子猫が部屋の中を駆け抜けソファーの下へ逃げ込んだ。

後から猫以上にびしょ濡れの直斗が入口まで来て立ち止まった。


「あいつは?」


「お疲れ様。ソファーの下に逃げてったよ」


紡木は苦笑いしてソファーに視線を向けた。


「部屋の中びしょびしょじゃん……」


直斗が猫の足跡を見てから、自分の制服を見て肩を竦めた。


「構わないよ。フローリングだから」


そう言って紡木が笑ったかと思うと、直斗の腕の傷に気付いて眉をひそめた。


「……血が出てる……」


よく見ると腕だけではなく、顔や首も引っ掻かれて赤くなっている。


「あぁ…。別に平気だよ、なんてことない。それよりこのびしょ濡れの制服の方が問題……」


「そのままシャワー浴びておいで、その間に制服は洗濯すればいい。着替えは…俺のでいいかな?下着は新しいのを買ってくるよ」


「──……じゃあ……お言葉に甘えて…」


直斗が珍しくペコっと素直に頭を下げた。

初めて来た、教育実習生とは言えども一応教師の家で……いきなりシャワーを借りるのも躊躇われたが……。

背に腹は変えられない……。

紡木はバスタオルを直斗に渡すと下着を買う為にコンビニへ向かった。

直斗がサッとシャワーを浴びて浴室を出ると紡木の姿はまだ無く、仕方なくバスタオルを腰に巻いてリビングで待つことにした。

部屋を何となく見回すと、紡木の家は驚く程何も無いように見えた。

リビングには二人がけのソファーとローテーブル、ノートパソコンがその上に置かれているだけで、テレビも無ければオーディオもない。

キッチンには備え付けのIHと電気ポット、

それと小さな冷蔵庫と電子レンジ。

直斗もあまり物を置く方ではなかったがそれ以上だ。


───越してきたばっかりかな……


すると、玄関が開く音がして紡木が入ってきた。


「遅くなっちゃってごめんね。下着……これで良かったかな?」


「……ありがとう……」


紡木が差し出した袋を受け取り、直斗がお礼を言うと紡木が「どういたしまして」と微笑み、キッチンへ向かった。

男同士だし……とリビングでバスタオルを剥いでパンツを履き、紡木の用意してくれた服を身につけた。

白い五分袖のセットアップのルームウェア…。


───あいつっぽい…………


「良かった。服も丁度いいね」


笑いながら手に消毒液とガーゼを持っている。


「怪我したとこ出して」


「は!?いいよ!たかが猫に引っ掻かれただけじゃん!」


直斗がびっくりして目を丸くした。


───これくらいの傷…いちいち消毒って……


「ダメだよ!傷からどんな菌が入るか分からないから」


「……………………」


紡木の真剣な眼差しに結局直斗が折れるかたちになり、直斗をソファーに座らせると自分は床に膝をつき、猫が引っ掻いたところ一つ一つ丁寧に消毒をしだした。


「……酷いね……」


足から順番に消毒をして、キレイなガーゼで軽く拭いていきながら紡木がボソッと呟いた。


「…大袈裟だな……別に酷くないだろ……」


確かに凄い勢いで引っ掻かれてはいるが、そこまで酷い傷は無い……。

直斗は丁寧に消毒していく紡木の顔をつい見つめる。


──こんなに近くで顔を見るのは初めてだ…。


「明日……あの猫、病院連れて行ってくるよ」


紡木が消毒をしながら突然話し出して、直斗は思わず「へ!?」と素っ頓狂な声をあげた。


「怪我してるかもしれないし……病気があったら治療しなきゃだからね」


───そっか……拾って飯くれりゃ終わりって訳じゃないもんな…………。


「なら俺も行くよ。…拾ったの俺だし……あんた、アレルギーあるんだから一人じゃ無理だろ」


紡木が驚いた様に直斗に視線を向けた。


「明日土曜日だよ?」


「……だからなんだよ……」


「いや……デートとか…予定あるんじゃないかな……と……」


直斗はクスッと笑って


「別に予定入ったとしても大概は夜だし、あいつ…あんただけに押し付けるわけにはいかないでしょ」


そう言ってソファーの下を見るが、子猫は一切出てくる気配は無い……。


「ありがとう」


紡木がそう言って直斗に微笑んだ。

初めて見るような……優しい笑顔で……。

直斗の心臓がココぞとばかりに自己主張しだし、顔がカァッと熱くなる。

紡木の止まっていた手が再び動き出し、直斗の消毒を始める。


「次、腕出して」


直斗は言われるままに腕を差し出した。

瞳は紡木を捉えて離せなくなり、だんだん近付いてくる顔をじっと見つめる。

男にしては白すぎる肌にキレイな形の唇が妙に艶めかしく見えて、直斗は息を呑んだ。


──じゃあ僕がキスしてって言ったらしてくれるわけ?──


非常階段で言われた言葉が頭に蘇った。


「はい、次……首の下も引っ掻かれてるね」


紡木の顔がグッと近づく……。


特に何も考えていなかった。

後になって直斗本人に聞けば『欲望のままでした』と言うかもしれない。

それくらい自然に、直斗は紡木の顔を自分に向かせると口付けた。

紡木の手は止まったが表情は何も変わらない。

今起こっている事が理解出来ていないといったところだろう。

直斗は一度唇を離すと、再び紡木の頬に手を当て口付け、いつもの様に相手の舌を探しあて、温かい舌を見つけると優しくからませた。


────柔らかい…………


冷静なのか冷静じゃないのかすら直斗には解らなくなっていた。

耳に届く舌の絡み合う音が気持ちを昂らせる……。

直斗は床に膝を突くと舌を絡ませながらゆっくりと紡木を床へ押し倒した。



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