第10話

直斗は大きな溜息をついた。

場所は英研、時刻は夜の7時を回っている。


「これさぁ…俺、バイト料貰っていいと思うんだけど……?」


直斗の言葉に水野と紡木が一斉に振り向いた。

昨日に引き続き手伝いをさせられている。


「バカタレ!ふざけたこと言ってないで、手を動かせ!」


直斗が「ちぇっ」と口を尖らせると、それを見て紡木が笑った。

少しするとやっと先も見え、時間も時間だしそろそろ解放してやるか…と水野が終わりを告げた。

直斗が昇降口から出ると、教師用の出入口から紡木が走ってくるのが見える。


「間に合って良かった───今日も送ってくよ。水野先生にも頼まれたしね」


と笑顔を向ける。


「……いいっすよ。そんな遅い時間じゃないし…」


と言っても昨日とさして変わらない。


「水野先生から夕飯代を預かってるんだ。まさかバイト代は払えないけど2人で夕飯食べてけって」


そう言って昨日の様に無邪気な笑顔を向けられ……

一瞬直斗の心臓が「トクン」と音を立てた。


「藤井くん、甘い物平気?」


「……別に好きだけど……」


「じゃあ、今日は甘い物も食べよう」


紡木が嬉しそうに笑っているのを見て、直斗は顔が少し熱くなったような気がした。




小洒落た外観のそこそこ広い店内には女性客が多い。

男2人で座っているのは恐らく紡木と直斗たちだけだろう。


「付き合わせてごめんね」


紡木がはにかんだ様に笑う。


──こいつの笑顔……破壊力あるんだ……


ま、こんだけ綺麗な顔してりゃぁな…と、顔が熱くなった言い訳を自分で自分にしている。


「前に友達に連れてきてもらったんだけど……一人じゃさすがに入りづらくて……」


そう言いながらメニューを見ている。


「……へぇー、そういうの気にするんだ?」


直斗も頬杖をついてメニューに目をやる。


「少しね……。女の子ばっかりの店とか入りづらくない?」


「俺は別に?」


「凄いね!俺は絶対無理」


お互いメニューを見ながら会話を重ねる。


「彼女と来りゃいいじゃん」


直斗の言葉に


「…いたら来てるよ」


と紡木が苦笑いした。


「──いないの!?……意外……」


メニューから紡木に驚いた様な視線を向けた。


───絶対モテるだろ……。


「……一人のが気楽だからね」


───そういうタイプか……草食系ってヤツだ。


「──これ!このオムライス美味しかったんだよね…」


紡木が指を指すそれを直斗も覗き込む。


「……へぇー…美味そうじゃん…」


オムライスにホワイトシチューが掛かっている。


「あと、パフェ。目当てはそっちだから」


嬉しそうにオムライスのページを開いたままスイーツのページを少しだけ開いて首を傾げながら見ている。


───……。


直斗が手を出し、紡木が首を傾げて見ているページに変えると、紡木が首を傾げたまま直斗に視線を移した。


「ちゃんと見て良いよ」


直斗が言うと


「ありがとう。まだ藤井くん見てるかと思って…」


またはにかんで笑う。


───だと思った…。俺もメニューあるっつーの……。


──ってか…笑顔…………。


顔がまた熱くなるのを感じて自分のメニューに視線を戻す。

それを意識してか鼓動が少し早くなるのが分かった。


──おいおい……俺はホモか……。


直斗は顔が熱くなっているのを隠す様に頬杖をついたまま、メニューだけ見つめた。

無意識にワイシャツのボタンを一つ外し、シャツを掴むとパタパタと風を送りこむ。


───この店……暑くないか……?


「……暑い?」


紡木が気付いて声を掛けるが


「…………別に…」


直斗はメニューを見つめながら無愛想に答えた。


───黙って選べよ……余計暑くなる……。


チラッと視線だけを紡木に向けると、気付く様子も無くご機嫌にスイーツを選んでいて、ホッとする。


───男相手に何やってんだ……俺……。


「藤井くん、決まった?」


紡木が嬉しそうに声を掛ける。


───!!…ヤバっ……何も決めてねぇ……


「……あんたと同じのでいいや」


「スイーツも?」


「……そう」


直斗がそう言ってスマホをいじりだすと、紡木は少し首を傾げ何か言いたそうにしていたが、店員を呼び注文した。

冷静さを取り戻したくて、特にやりたくもないゲームを起動する。


───つまんなっ…………。


そう思った瞬間ラインの通知が入った。

昨日の「ユマ」からだ。


──『今日も来ない?』


──『今日はパス』


それだけ打つと送信する。


──『いじわる』


すぐさま返ってきたが無視する。


──意地悪じゃねぇわ……どんだけヤリたいんだよ……。


別にこの後行っても良かったが、その気になれなかった。

紡木を見ると手帳を出してスマホで何やら調べては書き込んでいる。

何となく……その様子見ていると視線に気付いたらしく


「ごめん、ごめん」


そう言って手帳を閉じた。


「別に……やりゃいいじゃん」


「……月曜までにやればいいから」


──そっか……今日金曜だ。スッカリ忘れてた……。通りでヤケに今日は色々誘われると思った…。


朝から水野に捕まって放課後の予定を勝手に決められてから考えもせず断っていた。

莉央が面白くない顔をしていた理由がやっと解った…。


「お待たせ致しました」


そんなことを考えているうちに注文した料理が届き、目の前にサラダとスープとメインの大皿が並べられる。

大きな皿には美味しそうなオムライスとシチューが乗っていて、匂いが食欲を丁度良く刺激する。

女性客が多いだけに量的にもそう多くなさそうで、直斗は少しホッとした。


「いただきます」


そう言って軽く手を合わせると紡木は幸せそうにオムライスを頬張った。


───…………女子か…………


思わず突っ込みたくなったが、直斗は黙って食べ始めた。


───あ……美味い……


直斗が無意識に笑顔になってるのを見て紡木が


「美味しいよね?」


と、少し頬を染めて幸せそうな笑顔で共感を求める。

それにまた直斗の心臓が「トクトク」と音を立て始めた…。やっと落ち着いた顔の火照りがまた戻ってくる。


「……まあまあ…な……」


素っ気なく答え、オムライスを見つめながら食べ続けた。


───なんだあいつ………女みてぇ……


自分で顔が赤くなっているのが判って余計暑くなる。

ただ紡木は食べるのに夢中で気付いてる様子が無くて、またホッとした。




「………………」


直斗は目の前のパフェを愕然として見つめていた。


「……あんた……アホだろ……」


思わず口をついてでる……。


さっきのオムライスだけでも見た目よりボリュームがあって直斗の胃の7割を占めているのに、目の前には大きなビールジョッキに入ったパフェが圧倒的な存在感を示している。


「……だからスイーツも?って聞いたんだけど……」


──確かに…聞かれた……それを確認もしないで頷いたのは自分だ…。


しかし…机の上のメニュースタンドの写真の下にでかでかと『2~3人分』と書いてある。

それが机の上に二つ置かれている。

要は『4~6人分』…………。


───おかしいだろっ…………


「もし藤井くん食べられなかったら、俺残り貰うから」


これまた嬉しそうに微笑んで……。


───意地でも食うわ。


直斗は意地になって食べ始めた……。

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