第3話

「青春だねぇ」


英語研究室の窓から水野が笑いながら見ている。

紡木も座りながらその光景を見ていた。


「藤井の彼女の3年2組の森下ですよ。美人で頭も良くて下級生からも慕われてる。申し分ない生徒でね。森下がいるから藤井は学校を辞めずに来るんでしょう」


水野はまるで自分の子供を見るような優しい眼差しで眺めている。


「水野先生は…藤井くんをとても気にかけていらっしゃるんですね……」


水野が振り向き「ははは…」と笑うと


「偶然なんだが…あの子の母親を教えててね。英国人とのハーフでキレイな娘でねぇ。ちょっと…精神的に脆いところがある子だったが……結婚したと聞いて安心していたんですけどね……」


そこで言葉を濁した。


「それで……英語が堪能なんですか…」


「まあ…他にも色々とね……」


水野が苦笑いすると


「さて!紡木先生、次の授業なんだが…」


話を変え次の準備へと移った。

紡木はもう一度直斗に目をやり、次の授業の打ち合わせを始めた。




「あいつ…何も言わなかったな……」


ホームルームが終わり康平と教室を出ながら直斗は担任の姿を振り返った。


「良かったじゃねーか。水野先生が言わないでおいてくれたんだろ?」


「………………」


授業も終わり生徒達がおしゃべりをしたり、帰り支度をしたり皆自由に過ごし始める。

「藤井ー!」


隣のクラスの女子生徒が名前を呼びながら


「ねえ!一緒にカラオケ行こー!」


後ろから直斗に抱きつく。


「真希ちゃんじゃん」


直斗が肩越しに笑顔を向ける。


「ごめんねー。今日は莉央と帰るから無理。また今度ね」


「えー!……」


「今度絶対行くから!約束する!」


「んー…絶対ね」


抱きついたまま甘えた様に言った。


「何が約束なの?」


いつの間にか莉央が目の前に立っている。


「あ、莉央、おつかれー」


直斗が今度は莉央に微笑む。


「真希ちゃんまたねー」


悪びれる様子もなく真希の手を解くと、莉央の肩に腕を回し歩き出す。

康平は慣れたものでその間ずっとスマホでゲームをしていたが、直斗と莉央の後から着いていく。


「少しは隠したら?」


莉央が呆れ顔で言う。


「えー、無理無理。俺正直者だから。隠して後でバレるなら隠さない方がいいっしょ」


莉央が溜息をついた。


その時───


「……女のケツばっか追いかけてるから、イザって時に動けなくなんじゃねーの?」


廊下の端で数人集まった中から声が聞こえ笑い声が上がる。

直斗と康平が立ち止まり


「おい!今言った奴誰だよ!?」


康平が怒鳴った。

直斗が莉央から離れ、康平の肩に腕を回し笑いながらそこにいる顔を一人づつ見ていく。


「まあまあ、気にするなよ。俺、自分から女の子追い掛けたことなんかねぇからさ。女の子から寄ってきちゃうから仕方ないよねぇ。まあ……モテないチンカスくん達には解らないか」


言いながら、発言者を探す。


ふと笑うと集団の中に入っていき


「あれ?キャプテンじゃん。通りで…」


息がかかりそうな程近付く。


「臭ぇと思った…。自分で抜きすぎて手に匂い染み付いてんじゃねぇの?」


直斗がバカにするように笑った。


「───!?藤井…てめぇ……」


キャプテンと言われた男が顔を真っ赤にして直斗の胸ぐらを掴む。


「──あれ?殴っちゃう?──殴れもしねぇクセにカッコつけんなよ」


その言葉が言い終わるか終わらない内に直斗の顔に痛みが走り、周りが一瞬で沈黙に包まれた。


直斗は嬉しそうに


「殴ったね?──今は殴ったよね?──言っとくけど──俺は先に手出てねぇからな!」


言葉と共に殴り掛かる。


「直斗!」


莉央が叫ぶが直斗の耳にはもう届いていない。


──別に学校なんか辞めても構わない。

──バスケも出来なくなって……

────来る意味なんて無い……。


「藤井くん!!」


誰かに名前を呼ばれ、羽交い締めにされた。


「──離せよ!!」


直斗が噛みつかんばかりに叫ぶ。


「──藤井くん。落ち着いた方がいい」


羽交い締めにしている『誰か』が冷静な声を掛ける。

廊下の向こうから走ってくる音が聞こえ、直斗の担任が姿を現す。


「……また、お前か………」


「──クソっ…………」


直斗が吐き捨てる様に呟いた。


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