居酒屋と動画

兄が好きな居酒屋【梅のうめのしん】は、駅前にあった。


チェーン店ではなく、大将が一人で切り盛りしているお店で、おでんが有名だった。


きゅう、きたきた」


「ごめんね。竹君」


「ええよ、全然」


昨日会った時より、竹君は痩せていた。


「いらっしゃいませ」


「生ビール二つ、おっちゃん、個室ええか?」


「あー。かまへんよ。みつくろってもってったるわ」


常連の若竹コンビは、この店で唯一の個室を使える許可を頂いていた。


「先、ビール持ってき。これ、若ちゃんの分」


「おおきに、行こか?」


「うん」


僕と竹君は、ビールを持って店の奥の個室に座った。


「じゃあ、乾杯しよか」


「うん」


「若に、乾杯」


「乾杯」


そう言うと竹君が、動画を僕に見せてきた。


「なあ、なぁ。これ何を言うてるんやと思う?」


「どれです?」


佐美川喜左衛門さみかわきざえもんって知ってるやろ?」


「あー。同級生のナルシストの人でしょ?」


「そうそう、あいつに若が送った動画やねんけどな。ホラーやねん」


そう言って、竹君は動画を再生する。


『きざー。ちょうまってなー。苦しいねん。きざー。なんやろか?忘れた。あー。そうや。九你臣くにおみに伝えたくてなー。それを、きざにな。ゴホッゴホッ。苦しいーから無理か。俺なー、しししししし。無理やな』


エクソシストのように、時々白目を見せながら苦しそうに話す兄がいた。


「これだけですか?」


「そうらしいわ。よー、わからんし。怖いから消されんくて残してたから弟に見せてやってって。きゅうに伝えたかった事わかるか?」


僕は、涙が止まらなかった。


この動画には、日付と時間が入っていた。


「わかりますよ。」


「なんや?」


「死にたくないや」


僕の言葉に、竹君は泣いた。


「何で、わかるんや?」


「これね、亡くなる五日前なんです。僕が、兄ちゃんに一生のお願いをまた使われた日で。イライラした、もう死んでまうからって平気で使うなやって、生きたいってちょっとは思えや、何を当たり前な顔して、平気なふりして、延命治療も断っとるんじゃ、そんなに死んでしまいたいんかって言った日です。」


竹君は、驚いて目をパチパチしながら泣いてる。


「ごめん。俺、一人っ子やからよくわからへんねんけど…。兄弟喧嘩か?」


「わからへん。止めたくても止めれんくて、口からみんな出た。」


「責めたアカンで。若は、ちゃんときゅうを許してるんやから」


竹君は、僕の肩を叩いてくれた。


「持ってきたで。辛気臭い顔せんと食べや。若ちゃんが好きやったやつや」


「舟盛りやんか」


「そや、君も食べや」


「おっちゃん、若の弟やで」


「えー。二十歳になった時に来ていらいやないか。気づかんかったわ。食べや。まだまだ、持ってきたるからな」


「ありがとうな」


「はいはい」


大将は、出ていった。


「食べよか」


「はい」


「何や、恨んでる思ってんのか?」


「はい」


「あれから、よそよそしくしたんやろ?」


「えっ?」


「俺、知ってんで」


そう言って、竹君はスマホのメッセージアプリLimeを開いた。


「ほれ、これや」


そう言って、スマホを差し出された。


【竹、昨日から九你臣くにおみが冷たいねん】


【優しくしたれや】


【息苦しいのに、できへんわ】


【じゃあ、そのままやな】


【嫌や、仲悪いまま死ぬんだけは無理や】


【そやったら、兄貴からおれなな】


【死ぬ時に言う言葉も決めてんねんで】


【もう、死ぬみたいな言い方やな】


【もう、カウントダウン始まっとる。後、4《よん》しかないわ】


【最後まで、Limeくれるんか?】


【必ずしたるで。最後まで】


【じゃあ、きゅうと仲直りしろよ】


【竹、九の兄貴になったってくれんか?俺が、いななった後もずっとずっと見ててくれんか?竹なら、安心して任せられる。】


【おう、任せとけや。】


【頼むで】


俺は、二人のLimeに泣いていた。


「かわりにはなれへんけど、何でも聞くし、いつでも呼べよ。」


読み終わったのに気づいた竹君は、頭を撫でてくれた。


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