第34話 触手が動いていた
『それで、今回の依頼は何なんですか?』
ギルドを離れてしばらくすると、テレサが聞いてきた。
「今回、俺達が受けたのは『グレートタートルの卵』の入手依頼だ」
Aランクモンスター『グレートタートル』。こいつは全長十メートル、高さ数メートルの巨大な亀で、鉄よりも硬い甲羅を持つ巨大なモンスターだ。
水場に棲み、身を甲羅に潜めながら水魔法を操り攻撃してくることから、生半可な攻撃力では討伐することができない厄介な面を持つ。
他のAランク冒険者が依頼を受けたがらないのはその辺の事情があってのものなのだが……。
『今回は討伐ではなくて卵を入手すればいいのですよね? なら簡単です』
俺たちに限って言えば避ける理由がない。他のパーティーでは厳しいかもしれないがこちらにはテレサがいる。
「ああ、お前さんの睡眠魔法で眠らせてしまえば安全かつ確実に仕事を終えられるってわけだ」
テレサは使える魔法の種類が多く、中には睡眠系の魔法も持っている。討伐する必要がないので気楽なものだ。
『ガリオンにしてはちゃんと考えていますね』
テレサが歩きながら文字を書く。意外そうな表情を浮かべているが、からかいの色が見て取れる。
「失敬な、俺はいつだって真剣に依頼内容を吟味しているさ」
どの依頼を受けてどのような事態になるかまで考えて受けているのだ。
そのことをテレサに説明してみせるのだが『どうたか?』とばかりに俺を一瞥すると興味を失くしたように目を逸らした。
『そうなると、この辺りでグレートタートルが生息しているのは【エレエレの水洞】ですね。ついでに【ゲソギンチャク】でも狩って帰りましょうか?』
振り向きそう提案してくるテレサに、
「ああそれもありだな」
俺は話を合わせるのだった。
目の前でテレサの頭が揺れ倒れそうになる。
「おっと、大丈夫か?」
彼女は服が濡れ、肌に吸い付いて動き辛そうにしている。マントも水を吸って重そうだ。
テレサは俺に目を向けると『ありがとうございます』と訴えてくる。その姿は艶やかで、特にくっきりと浮かんだボディラインが素晴らしく目の保養になっている。
「まさか、数日前の大雨の影響でこんなことになっているとはな……」
【エレエレの水洞】の壁の高い位置に穴があり、そこから水が流れてきて水面の高さを上げている。
以前来たときはせいぜい足元までだったのだが、今回は膝近くまで水が迫っている。
俺でさえそこまで浸かっているので、背の低いテレサは移動するだけでも足をとられてしまう。
そのせいで、倒れそうになる度に俺が支えてやっているというわけだ。
『雨季は過ぎたとばかり思っていましたが、こればかりは仕方ないです。でも、ガリオンが支えてくれるので助かりました』
こちらも目の保養をしているのでありがたいのだが、テレサは飾らない態度で礼を言い頭を下げた。
「まあ、ここまできたんだ。さっさと卵を回収して戻ることにしよう」
俺はテレサの肩を押すと前へと進む。支える代わりに現れるモンスターはすべて彼女が一撃で仕留めているので出番がなかった。
「さて、案の定起きているようだな」
水洞の奥の岩場に横たわるグレートタートルの姿を発見する。甲羅から顔を出し半眼を開いている。
その周囲には池ができていて、水面の底がゆらゆらと揺れている。
「奥にあるのがグレートタートルの卵だ。作戦としてはテレサがまずグレートタートルを眠らせる。俺が一足飛びに向こう岸に着地して卵を確保する。戻るまでの間はテレサが他のモンスターを警戒し、現れたら相手をする。これでどうだ?」
コクコクと首を縦に振る。作戦に依存はないようだ。
早速、テレサは杖を掲げると睡眠魔法の準備を始めた。
『…………!!』
完全に無音で魔法が放たれ、グレートタートルの眼が完全に閉じる。
どうやら睡眠魔法が成功したようだ。
「じゃあ、行ってくるからな」
俺はテレサに声をかけると助走を付けて飛び上がりグレートタートルのいる岸へと着地した。
テレサはその様子をみに池へと近付く。そこから入り口を監視し、モンスターが入ってこないか警戒するつもりなのだろう。
俺は用意していた網で卵をくるむと背負う。
後はこれをもって街に戻れば依頼達成。楽な仕事だ。
そんなことを考えている間に異変が起こった。
――カランッ――
杖が落ちる音がして見てみると、
『…………』
テレサが触手に捕らえられていた。
ゲソギンチャクが数匹這い出して彼女を囲み、触手を伸ばしている。彼女は必死に抵抗をするのだが、触手が撫でるたびにビクビクと身体を揺らし反応していた。
ゲソギンチャクの触手は柔らかく、それ自体に攻撃力はないのだが、何かを求め彷徨うように伸びてスカートの中や服の中へと侵入していった。
触手がうごめくたびにテレサの表情が変化する。何かに耐えるような表情だったり、妙に色っぽい表情を浮かべたり。
ゲソギンチャクはここに来るまで倒したのだが、浅い場所にしか生息しないはず。
おそらく、この池も本来はもっと水嵩が低いのだろう。
先日の大雨のせいでここも水が流れ込んでしまい、ゲソギンチャクが水没していることに気付かなかった。
目で必死に訴え掛けてくるテレサ。もうしばらく観察していたかった俺だったが、放置すると後が怖い。
池を飛び越えると、ゲソギンチャクを斬り捨て彼女を救い出した。
『はぁはぁはぁ』と地面に崩れ落ちながら息を切らせるテレサ。彼女の身体は斬ったゲソギンチャクの粘液まみれになってぬるぬるしている。
その姿は扇情的で、他の男がいたら全員目を潰して記憶が飛ぶまで殴り飛ばさなければいけないくらいエロかった。
「大丈夫か? まさか、ゲソギンチャクが潜んでいるとは予想できなかった」
手を取って起こしてやる。
『助かりました、身体中を這いまわる感触が気持ち悪くて死にそうでした』
余程嫌だったのだろう、テレサは俺に縋り付くとそう告げる。
あまり弱っている彼女を見ているのも申し訳ない。俺は水に濡れないように包んだ服を出すと……。
「とりあえずここを出たら着替えるといい。粘液まみれのその服だと戻る時にも不快だろ?」
そう言って慰める。彼女は俺の準備の良さに感激し『素敵。抱いてください』と熱烈に抱き着き――。
『あの、どうして私の着替えが用意されているのですか?』
間近からじっとりとした目で見られる。
『そもそも、水洞の水量が増えているというのは本当に予想できていなかったのですか? そう考えるとこの場にゲソギンチャクがいるというのも……』
両腕で俺を押しのけると立ち上がり、杖を手に取った。
『答えて下さい、ガリオン』
杖の先からパリパリと音が立つ。
「いや、待て。本当に俺はゲソギンチャクがいるとは知らなかったんだぞ?」
俺の目的は彼女を水で濡らして目の保養をするまでだった。風邪をひかないようにこうして着替えを用意したのは親切心から。
ゲソギンチャクは天然の罠なので読めるかどうかで言えば半々くらいだったのだ。
『なるほど、ゲソギンチャク以外は読めていたんですね?』
テレサは俺から着替えを奪うと距離を取る。そして……。
――パリパリッ――
一筋の紫電が走り背中へと抜けていく。
『私ばかりモンスターと戯れたのは公平ではありません。ガリオンはそいつと遊んでから戻ってきてください』
背後を振り返ると、
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』
卵に視線を向け、怒り狂ったグレートタートルの姿があった。
【告知】
近況ノートでは報告済みですが、この作品が書籍化・コミカライズになりました。
詳細は開示できるようになり次第連絡致します。
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