第29話 撫でてみた
「ちょっと待て、今何と言ったんだ?」
冒険者ギルドにて、俺は受付嬢に聞き返した。
「ですから、もっと依頼を一杯受けて欲しいんですよ」
頬に手を当てて悩まし気な表情を浮かべる。現在応対しているのはこのギルドの中でも一番人気の受付なのだが、こうしてみると嵌められたとしか思えない。
「誰かさんが、このギルドの冒険者をボコボコにしてくれたじゃないですか? お蔭で、高ランクな依頼が余りまくってしまっているのですよ」
横目にテレサを見ると、じっとりとした視線を投げかけてくる。どうやらこの場で俺の味方をしてくれるつもりはなさそうだ。
「いや、だって……。勝手に『栄光の剣』に所属して決闘に入ってきたやつらですよ?」
正当なルールの元にボコボコにしたのだから、そこを責められても困る。
「勿論、強制することはできません。なのでこれはあくまで冒険者ギルド側からの要請だと思ってください」
受付嬢の言葉に俺は頭を掻くと、
「あー、くそっ。仕方ない。近場の戦闘系依頼なら受けてやる」
「えっ? よろしいのですか?」
受付嬢は驚くと聞き返してきた。
「だって、依頼が滞ると困るのは街の人だろ? 俺たちも含めて冒険者ギルド関係者は自業自得だが、街の人たちには関係ない話だ。迷惑掛けないようにするさ」
テレサが信じられないものを見るように俺を凝視してくる。心の声で『本当にガリオンですか? ドッペルゲンガーに入れ替わられているのでは?』とか疑っていそうだ。
「そう言っていただけると助かります。ああ、良かった……。説得できると思っていなかったから奥の手を出すところでしたよ」
受付嬢はほっと胸を撫でおろす。テレサに負けるとも劣らぬボリュームに俺の視線は自然と引き寄せられた。
「ほぅ、奥の手? それはどんなもんだ?」
一体、どのような方法で俺に依頼を強制するつもりだったのか気になった。
「それはもう、ギルド職員の可愛い子を集めて酒の席でも設けるしかないかと考えていました。ガリオンさんならそれで釣れるとギルドマスターも判断してましたから」
流石は冒険者ギルドのギルドマスター。大した観察眼だ。
テレサの目を見ると『そのくらい、あなたを見れば誰でもわかると思うのですが?』と訴えかけてくる。
「それでは、こちらのAランクとBランク依頼五枚程ありますので、受注のサインをいただけますか?」
満面の笑みを浮かべて、カウンターに依頼書を並べていく。
「あー、やっぱり俺もやる気がでないから、その選りすぐりの受付嬢の接待とやらについて詳しく――あてっ!」
隣からテレサに蹴られた。彼女は俺を押しのけると次々にサインをしていく。
「ありがとうございます、テレサさん。冒険者ギルドは御二人に期待しておりますので、よろしくお願いします」
そう言うと、笑顔で送りだされるのだった。
「せめて、俺には接待を受ける権利があったと思ったんだがな……」
街を出ると依頼先へと向かう。
俺たちが受けた依頼の内容を確認したところ、どれも同じ場所でこなせる依頼ばかりだった。
お蔭で無駄に移動で時間をとられなくて良いのだが……。
『一瞬、感心しましたけど、やはりガリオンはガリオンなんですね』
「おい、一瞬感心したならそのまま感心していて構わないんだぞ」
『わかりました、ずっと軽蔑することにします』
どうにも不機嫌な様子をみせる。
俺は彼女の頭に手を置くと撫でてみる。
—―パシッ――
叩かれる音がして、俺の手が彼女の頭から離れた。
『何ですか、急に?』
「いや、不機嫌そうだったから頭を撫でれば落ち着くかなと思って」
小さい子が怒っている時にこれをやればひとまず落ち着いてくれるのでやってみた。
『勝手に頭を撫でないでください。不愉快です』
どうやらさらに機嫌を損ねてしまったようだ。テレサはプイと顔を逸らして立ち止まる。
流石に子どもと同じ攻略方法は通用しないようだ。
俺はそのまま前に進みながら反省する。足音がせず、いまだに立ち止まっているテレサが気になって振り返ると……。
「どうした、頭でもかゆいのか?」
彼女は自分の頭を妙に気にしながら触れていた。
『む、虫がいただけですから』
そう伝えると足早に前に出る。
俺は歩調を合わせると、後ろからついて行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます