グッドゲームマイライフ

だいもんじ

第1話 人生は作業ゲーだ①

 俺にとって、人生は作業ゲーだ。提示された課題に取り組んで、クリアして、報酬を手に入れる。ひたすらそれの繰り返し。運動も勉強も、ボタンで操作されたキャラクターのように無心でこなしてきた。

 きっと、この先もゲームシナリオみたいな面白いイベントは何も起きないし、退屈な日々の中でライフが少しずつ減っていって、俺がゲームオーバーになるまで、このゲームはつまらないままだ。あーあ。

「つまんない人生だなー」

「つまらないゲームだなあ」

「「……え?」」


 夕焼けに染まる公園で、二つの声が重なった。これが俺と、ゲームクリエイター飛鳥あすかの出会いだった。



 改札を抜けると、タケルが駅の待合室で参考書を読んでいた。まだ約束の時間まで余裕はあるが、どうやら待たせてしまったようだ。駆け足で近づくと、タケルはこちらに気づいて顔を上げた。

「おっす、春斗はると

「悪い、待たせた」

 軽く詫びを入れながら、学生鞄に忍ばせていたゲームソフトをタケルに手渡す。

「はいこれ。難しいけど、面白かったよ」

 タケルとは中学の同級生だったが、今では別々の高校に通っている。今日は俺が借りていたゲームを返すため、学校終わりに地元の駅で待ち合わせをしていた。


「そう言いつつ、一週間でクリアしてんのは流石だな」

 タケルは眼鏡を正しながら、受け取ったソフトを参考書と一緒に鞄の中へ押し込んだ。その際、付箋だらけの赤本が何冊か、チラリと顔を覗かせた。

「じゃあまあ、帰るか」

「オッケー」


 二人で待合室を出て、外へと続く下りのエスカレーターに乗った。お世辞にも栄えているとは言えない街の駅は、時間帯も相まって周りに人が殆どいない。


「春斗はいいよな。俺と同じくらい遊んでるのに、いい大学受かりまくっててさ」

「ちゃんと勉強の時間も取ってるからな。そう言っても、タケルだってこないだの大学は受かったんだろ?」

 タケルが、エスカレーターの手すりに寄りかかりながら口を尖らせた。

「春斗の所より三段階くらい下の大学だけどな。俺は予備校まで通ってるのにさ。お前って昔から万能だよな」

「そうでもないって。全部のことに、ちゃんと時間かけてるだけだから」


 俺は昔から、自分をゲームキャラクターのように客観的に操作することができた。五時間勉強すると決めたら途中で遊んだりもせず、ノルマをこなすまでは無心で机に座り続けられるのだ。

 昔は、そうして積み重ねた努力で結果を出す度に小さな達成感を得られていた。しかし、その達成感は毎回似たような努力と結果のサイクルを繰り返す度に段々薄れていき、高校卒業間近の今ではもう、日々が退屈で仕方なかった。


「ちゃんと時間をかけられるってのも、一つの才能だと思うけどな」

 タケルはどこか遠くを見て、ポツリとそう言った。


 エスカレーターを降りてからは、灰色に舗装された道を歩いた。駅前の時計台を見るとまだ十六時前だったが、空はもう夕焼けに染まっている。道端には今朝の雪がチラホラと残っていて、まだ春の訪れには遠いことを感じさせた。


「まー、そんな春斗でも恋愛だけは成功してないのが俺の救いだな」

 タケルは時々、こうして恋愛の話を持ちかけてくる。恋愛とゲームの話ならば、俺たちは対等に話をすることができるからだ。

「好きでもない奴と話してるより、一人でゲームやってる方が面白いんだよ」

「出たなその言い訳。いい加減、正直に彼女欲しいって言えよな?」

 タケルがケタケタと笑う。こういう口が減らない所は、コイツと一緒にいて飽きないところだ。


 駅から少し歩いた信号を渡ったところで、タケルが通っている予備校に到着した。

「俺はこのまま予備校行くわ。あー、面倒くせえ」

「受験が終わるまでの辛抱だな。じゃ、また今夜ゲームで」

「あいよー」

 俺たちは一年ほど前から、継続的にゲームを遊んでいた。俺が一人でオンラインゲームをしていた時、偶然にもゲーム内でタケルと再会したことがキッカケだった。そんなタケルは今、重たい足を引きずるように予備校の中へ消えていった。


 一人になった俺は、自宅に向かって真っすぐに歩き始めた。この後は、ゲームの時間まで受験勉強をする予定だ。つまらない毎日の中では、ゲームの時間だけが俺の生き甲斐と言っても過言ではない。

 ぼんやりと足を運ぶこと数分。家の近くにある公園を通りかかった。滑り台や砂場で、小さな子供たちが楽しそうに遊んでいる。自分も昔はああして、無邪気に人生を楽しんでいたように思う。いや、そもそもその頃は、人生を楽しむなんて発想自体もなかったか。


 俺にとって、人生は作業ゲーだ。提示された課題に取り組んで、クリアして、報酬を手に入れる。ひたすらそれの繰り返し。運動も勉強も、ボタンで操作されたキャラクターのように無心でこなしてきた。

 きっと、この先もゲームシナリオみたいな面白いイベントは何も起きないし、退屈な日々の中でライフが少しずつ減っていって、俺がゲームオーバーになるまで、このゲームはつまらないままだ。あーあ。

「つまんない人生だなー」

「つまらないゲームだなあ」

「「……え?」」


 声の方向を振り返ると、公園のベンチに座っている癖毛の男性と目が合った。年齢は二十代後半あたりだろうか。男性は、首を傾げながらこちらを見ていた。

「今の、君ですか?」

 男性がベンチから立ち上がった。その眼差しは、驚きよりも興味に近い感じがする。

 ヤバい。他人に独り言を聞かれただけでも相当恥ずかしいのに、その内容が「つまんない人生だなー」は、イタいなんてものじゃない。俺は、自分の顔がみるみる紅潮していくのを感じた。


「ねえ、君ですよね」

 そんなこちらの気も知らず、男性はベンチを回り込むように接近してきた。よく見ると、手には最新の携帯ゲーム機が握られている。彼の言っていた「つまらないゲーム」というのは、きっとあれのことだ。


「えーっと……」

 どうすればいいのか分からない。君ですよねって、俺以外いないだろ。恥ずかしいから確認しないでくれ。って言うか、この人なんか迫って来てるし、怖っ!

 ズケズケと距離を詰めてくる男性に対して、機能停止していた俺の警戒心が急遽再起動した。

「すみません、失礼します!」

 自分でもなぜ謝っているのか分からなかったが、ともかくその場から一目散に逃げ出した。頭の中では知らない男に近寄られた恐怖と、顔から火が出そうなほどの羞恥心が混ざり合い、一種のパニック状態になっている。そんな中、男性が後方で「人生は面白いですよー」と呼ぶ声を、僅かに聞いた。



 タケルとゲームを開始して数十分が経過していた。ゲーム機の機能でボイスを繋ぎながら、彼に帰宅時の出来事を話し終えた所だ。

「ヤバいなそれ。普通に不審者じゃん」

 イヤホン越しに、タケルの笑う声が聞こえた。

「知らない大人に近寄られるのが、あんなに怖いとは思わなかったよ」

「春斗、最近何か悪いことしたんじゃないの? うわ、痛ってぇ!」

 タケルが敵から大きなダメージを受けていたので、俺は回復呪文を使用した。


「回復使った。別に何もしてないけどなー」

「サンキュー。でも、よく走って逃げ出せたよな。人って恐怖を感じると足がすくむとか言うじゃん? 俺ならその場で叫んじゃうかも」

 タケルのキャラクターが、再び敵に向かって突撃した。

「タケルならあり得る。タスケテー! ってな」

「そうそう。あ、ヤバい! 春斗、タスケテー!」

 画面では、敵の大技がタケルを飲み込む寸前だ。

「すまん、もう回復ない」

 ゲームオーバー。救援要請も虚しく、タケルのキャラクターは粉微塵になって死亡した。その様を見て、俺とタケルは大笑いした。


 人生はつまらない作業ゲーだ。でも、たまにこうして友達とゲームをしながら笑いあえる。それだけで十分だ。俺は、そう自分に言い聞かせた。

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