2-6話



「ここまで豪勢な買い出しをしたのは、生まれて初めてです……」


 買い出しの総額がいくらになったのか考えるだけで恐ろしい。

 特に和服。着倒れという言葉があるくらいだし、コールセンターのお給料三年分くらいはいっているはずだ。


「ふふ、楽しかったなぁ。今度は、海外ブランドの支店を回って洋装を揃えようね」

「結構です! お金は大事に使わないと」


 華が控えめに遠慮すると、テーブルの向かいに座った狛夜は残念そうに肩をすくめる。


「気にしなくていいんだよ? 僕、それなりに稼いでいるんだ」


 狛夜は、あいさつに来たソムリエに年代物のワインを言いつけた。

 入れ替わりで運ばれてきた食前酒は、花のみつを溶いたような淡い色合いだ。


「……狛夜さんが経営している会社は、他にどういったものがあるんですか?」

ようかいにまつわることなら何でも手広くやっているよ。不動産を紹介したり、仕事を仲介したり、レンタル業や貸金業もするし、あとは……秘密」


 そう言って、狛夜は唇に指を当てた。


「秘密……」


 狛夜は、何も言わずに薄く笑ったまま、食前酒に口をつけた。

 アルコールを味わう大人の顔にドキッとしてしまう。


「あの、狛夜さん」


 薄切りにした赤かぶに、生ハムとオリーブをのせた前菜を飲み込んだ華は、思い切って聞いてみた。


「どうしてこんなに親切にしてくださるんですか? 皆さん、わたしが滞在することに反対しているのに……」

「それは君のことが好きだからだよ。好きな子は大切にしたいものでしょ?」

「好きって……それがよく分からないんですけど……」


 妙に好意を寄せてくる狛夜に、華はずっと違和感があった。

 狛夜とは知り合ったばかりで、特に何かをしたわけでもない。

 初対面でひとれされた……というのもあり得ない。

 今までそんな経験はないし、むしろ華が気になった男性は、急に避けるようになったり誰かに奪われたりするのが定番だった。


(最初に言われた「見つけた」っていう言葉は、ずっと気になっているけれど──)


 狛夜の勘違いかもしれないし、それについて根掘り葉掘り聞くのも失礼だ。

 考え込む華に、狛夜はうっとりと語りかける。


「いつか僕の愛の大きさに気づくよ。それまで、華の方からお嫁さんになりたいって言ってもらえるように、たくさん努力するね」


 花のように麗しい笑みを向けられ、華は何も言えなくなった。



(だから、なんでそんなに嫁入りに肯定的なんですか……!?)



 もう何を考えているのか分からない。

 華が混乱する一方、狛夜はワイングラスを置いて手を組んだ。


「それに、華は組としても大事な存在だよ。次期組長を選ぶこと。そして玉璽を見つけ出すこと。これは華にしかできないんだ。僕らが駆けずり回っても、盗んだ犯人の手がかりは得られなかった。それを華は追うことができる。君は鬼灯組の救世主なんだよ。少しもお邪魔虫なんかじゃない」

「狛夜さん……」


 居候になった上にお金まで使わせてしまって申し訳ないという華の気持ちを、狛夜は何も言わなくても感じ取ってくれたらしい。

 語りかけられた優しい言葉は、華の心をするりとでていった。

 会社に続き、鬼灯組でも感じていた居づらさがほぐれていくようだった。


「それに僕、華には驚いたよ」


 きょとんとする華に、狛夜は運ばれてきた子羊のローストを切り分けながら言う。


「昨日の謝罪ときたら面白かった。極道の世界では、一度謝ると罪を認めたことになってしまうから、どんなに悪気があっても謝罪はしないんだ。そういう世渡りの方法を知らないと言い換えてもいい」


 ──ということは、華の謝罪は極道に対しては逆効果だったようだ。

 漆季にやいばを当てられたことを思い出し、だからかと華は顔を青くする。


「華はすごいよ。急に勢いよくびの言葉を語りだすんだもの。謝罪でけむに巻く人間なんて、長らく生きてきて初めて見た」


 ふふふ、と狛夜が楽しそうに笑うので、華の体からどっと力が抜けた。


「そうですか……。でも、もう簡単に謝らない方がいいってことですよね?」

「いや、華なら面白いことができるかも。力でかなわないのなら、謝るスキルで渡り合ってみたらどうかな。それで上手うまく丸め込んで、自分のペースに持ち込めばいい」

「な、なるほど……。わたし、自分なりに頑張ってみます」

「うん。何かあったらいつでも僕を頼ってね」

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