夜の公園で秘密のキスをしよう

夜摘

第1話 雨が降る、恋に落ちる

女は群れる

そんな風に男子は笑うけど、仕方ないじゃない。

皆がグループを作って仲良くしてる中で一人だけぼっちでいるなんて寂しいよ。

休み時間のトイレだって、お昼休みにお弁当を食べるのだって

仲良しが居なかったら一人になっちゃう。


だから、私も当たり前みたいにそんな風に一つの女子グループに所属していて、

(所謂クラスのカースト的には下位に位置する地味グループだけれど)

別にキラキラ女子のグループという訳ではないけど、それはそれでそれなりに楽しい学校生活を送っていた。


昨日のテレビの話とか、好きな芸能人の話とか。コンビニの新商品の話とか。

そんな風に今日も他愛のない話に興じつつ、

ふと視線を教室の端、窓際へと滑らせた。

そこにいるのは、一人の女子。彼女の名前は樋口彩音。

何を考えているのかわからない眼差しでつまらなさそうに外を見ている。

ぴんと伸びた背筋、白い肌が映えるような真っ黒な黒髪が風に揺れるのは、

なんだか絵になるなぁ…なんて思ったりもする。


「樋口さん?」

「いつも一人だよね」

「寂しくないのかな」


悪びれず口にする友達と、

ちょっと聞こえちゃうよ、やめなよ~と、気持ちそれを止める友達と。

そう広くない教室だ。その声はきっと彼女に聞こえていたと思うのに、

彼女はそれを気にする様子もなく、一瞥向けてくることもない。


「気取っててちょっと感じ悪いよね」


そんな風に言う人もいるけれど、私は密かに少しだけ彼女に憧れていた。

トイレに行くのも、お弁当を食べるのも一人じゃ寂しいなんてことを気にして、

仲間はずれにされるのを怖がって、自分の本当の気持ちも言えないまま愛想笑いで毎日を過ごしている。そんな私には出来ない生き方をしているように見えたから。

一匹狼?っていうのかな。

なんだか、ちょっとカッコイイなって思っていたんだ。

けど、今のグループの皆を放っておいて声をかけにいくなんて勇気は出なかったし、こんな風に密かな憧れを抱いたまま、来年にはクラスが別れて、いつしか彼女のことも忘れていくんだろうなぁなんて漠然と思ってた。


そんな風に、一方的に私が視線を向ける関係が変化したのは、

ある6月の日の夕方だった。


私は委員会の書類作成で居残りをしていて、

同じグループの子達は皆、部活だとか、習い事があるだとかで皆帰ってしまっていてた。


「…雨降るなんて聞いてないよ… 最悪…」


昇降口の軒下で、恨めしく呟いて曇天の空をにらみつけた。

ザーザーと降り付ける雨は、止む様子なんてないまま振り続けている。

天気予報ではどうなっていたんだろう?

私はうっかりしていて置き傘すら持っていなかったけれど、

他の皆がちゃんと帰っているという事は、これは予報通りの雨で、

皆ちゃんと傘を持ってきていたのかもしれない。

お間抜けは私だけと言うことか…。

情けない気持ちで、足止めを喰らっていた。

私の通学は、バスと徒歩。

バス停まで走って行ってしまえば、あとは家の近くまでバスが勝手に運んでくれる…とは言え、バス停まではここから走って5分くらい。

この雨の勢いじゃ、いくら急いでもびしょ濡れになってしまうだろう。

それはちょっと嫌だなぁ…と思ってしまって、私はそこに随分と立ち往生していた。

雨で肌寒いし、人気もなくてやけに静かで、私はなんだか心細くなってしまっていた。

そんな時、私と同じように傘を忘れたらしい女子の一人が、ふらりと昇降口から出てきて、入り口で雨宿りをし続ける私の隣に並んだ。


「…わ。凄い雨。気がつかなかった」

「…え?ずっと降ってるのに?!」


つい私が反応を返してしまって、初めてそれが誰だか気がついた。

同じクラスの樋口さんだった。

樋口さんは先ほどまでの私がそうしていたように空を見上げている。

横顔がきれいで、思わず見とれてしまう。


「早川さんはいつからここで?」

「え…4時くらい…かな…」

「今4時半だよ?30分も居たら寒かったでしょ」

「う、うん。ちょっと」

「風邪、引かないようにね」

「あ、ありがと…」


彼女の言葉は、軽すぎず重すぎずそんな響きで

私を気遣うような そうでもないような 

絶妙な温度を感じる。

軽い調子で返したらいいのか、それだと馴れ馴れしいのか判断がつかない。

私はうまく返答出来ずにしどろもどろになってしまう。

同じ年のはずなのに、なんだか彼女はとても大人っぽく感じてしまう。

長い髪をかきあげて耳にかける仕草が、なんだか色っぽい。

そんな風にちらちら彼女を見てしまっていた。

目が合って慌てて逸らしてしまった私を、彼女はどう思ったんだろう?

そんな風に、不意の二人きりに緊張してしまう私を尻目に、

彼女は容赦なくその時間の終わりを告げた。


「それじゃあ、私はもう行くね。雨、早く止むといいね」


そう軽く片手を上げると、彼女はまだザーザーと振り続ける雨の中へ駆け出していってしまった。


え??????

まだこんなに強く降ってるのに????

こんな雨の中を????


もし私がこのときもう少し冷静だったなら、

私と二人きりなのが気まずかったのかも?とかネガティブなことも考えてしまったと思うのだけど、

この時は私は冷静じゃなかったんだと思う。


密かに憧れていた樋口さんと二人きりの時間を過ごせたことで浮かれていて。

あるいは、もっとそんな特別な時間を過ごしたかったという名残惜しさで。

あるいは、雨の中駆け出した彼女の姿がなんだかカッコよくて。

私は、彼女を追いかけ、同じように雨の中に駆け出してしまった。


雨の中、追いかけるように走って来る私に気がついた樋口さんが振り返って、

一瞬びっくりしたように目を見開いて、唇が何かを紡いだのが分かったけれど、

雨の音が煩くて何をいっているのかは聞き取れなかった。

ただ、どうしてだろう。

ずぶぬれの彼女は、やっぱりずぶ濡れになった私を見て、笑っていた。


「樋口さんもバス通だったんだね、知らなかった」

「…知らないのに追いかけてきたの?早川さんって、変わってるね」

「だ、だって、樋口さんが大雨の中、行っちゃうから…」

「…?一人になるの、寂しくなっちゃったとか?」

「そ、そんなんじゃないけど!」


びしょ濡れのシャツは彼女の身体に張り付いて、身体のラインを露わにしている。

普段は細身に見える彼女だけれど、こうなると女性的な膨らみがしっかりと主張していることがわかってしまい、何だかいけないものを見ているような気持ちになって、ドキドキしてしまう。

女の子同士なのに、これじゃあまるで私は男の子みたいじゃないか。

決まり悪くてまた目が合わせられなくなる。

彼女と二人きりになると、私は、平静じゃいられなくなってしまうみたいだった。

それでも、見たい。

彼女の顔を見たくて、私は横目でまた彼女を盗み見る。


「からかったわけじゃないよ。ごめん」


そんな風に笑う彼女の頬についた水滴が、

するりと彼女のか細い首筋を伝って、滑り落ちて行くのが見えた。

私はまた自分の心臓が飛び跳ねたのを自覚した。





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