プリンを獲ったのは誰だ

静嶺 伊寿実

問題編

 日曜日午後のまったりとした時間。

 僕はリビングのソファでテレビを観ている。

 母はキッチンでなにやら作業中。

 弟はダイニングでゲームをしている。

 兄は二階にこもったまま。

 父は打ちっぱなしのゴルフへ出掛けている。

 ああ、なんてまったりした素敵な時間だろう。

 キッチンから聞こえるカチャカチャという音が心地よく、僕はまどろんだ気分になっている。

 こういう時は窓からの温かな日差しを受けた、光輝くプリンをゆっくりと、しかし贅沢に頬張るのが至福というものだ。


 ソファから立ち上がり、ダイニングを迂回し、キッチンにいる母の後ろを通って冷蔵庫を開けると、兄がいつも飲んでいるスポーツ飲料や、弟が好きなジュースの間に、頂き物の高級プリンが堂々たる風格で一つだけ鎮座していた。

 残り一個。

 これは僕の物だと家族の中で口約束済みだ。


 よし、とプリンに手を伸ばした僕を便意が襲った。

 今日のプリンは万全の体調で心ゆくまで堪能したい。

 百円プリンのデザートとは違う格別の時間にしなければ。

 僕はプリンとしばしの別れをして、いそいそとトイレに向かった。


 五分後。


 全ての憂いから解放された僕はスキップをしながら冷蔵庫のドアを開けた。

 しかし、プリンは無かった。


 これは事件だ。

 犯人は家の中にいる。


****************


 僕はまず状況を確認した。

 兄の飲み物は位置が変わっているが、弟の飲み物に変化は無い。

 見事にプリンだけが無くなっている。

 プリンを食べた痕跡が無いかも確認しなければ。

 まずはゴミ箱。

 プリンの容器は捨てられていなかった。

 流し台も見るが、特に何も置かれていない。

 母のおかげで今日も綺麗なシンクだ。

 母はまだこの事件に気付いていないらしく、鼻歌まじりにコネコネと何かをこねている。最近母がハマっているパン作りだろうか。

 プリンを食べるためのスプーンは、ずっと作業をしている母のお腹辺りにある引き出しの中なので、母の目を盗んでスプーンを取り出すことはおそらくできないだろう。

 ついでに母に事情聴取をすることにした。


「母さん、さっきここを誰かが通らなかった?」

「ああ、誰か通った気もするけど、誰だかは覚えてないわ」

「そっか、ありがとう」

 まさか母が食べたのか?

 それにしては早技すぎる。食べて、スプーンを洗って、何事もなく元の作業に戻る……考えられなくは無いが、五分でできることだろうか。


 次はダイニングでゲームをしている弟に話を聞く。

「なあサトル、俺のプリン知らない?」

 弟はビクッと顔を上げて叫んだ。

「俺は食べてないよ!」

 そんなに大きい声で言わんでも。

「じゃあ誰か見かけてない?」

「そういや、さっきトオル兄ちゃんが一階に降りて来てたよ。何か持ってすぐ上に行ってたけど」

「ちなみに母さんはずっとキッチンにいたか?」

「うん。ずっと集中して作ってたよ。どこかに行った様子も無かったかな」

「そっか、ありがとう」

 弟はずっとゲームをしていたようだし、あのゲーム好きの弟がわざわざゲームを中断してまでプリンを盗むだろうか。

 それに母がずっとキッチンにいたなら、スプーンを持ち出すことができた者は居ない。

 だとすると、犯人はまずプリン本体だけ隠しておき、隙を見て後でスプーンを持ち出すつもりだったのか?

 なら、怪しいのは二階にいる人物だ。


 僕は二階に上がった。

 二階は四部屋あり、兄、僕、弟がそれぞれ一部屋ずつ、そして両親の寝室があてがわれている。

 二階の廊下はすでに兄の部屋から漏れているベースとドラムの激しい音楽が聞こえていた。

 とりあえずノックしてから入る。

「兄ちゃん、入るよー」

 ドアを開けるとライブ会場のような音量に圧倒された。

「おお、ミツル。どうしたんだよ」

 兄は音楽を止めてくれた。

「突然なんだけど、俺のプリン知らない?」

 僕は部屋を素早く見回したが、プリンもスプーンも見当たらなかった。

「いや、知らないなあ」

「一階に降りたらしいけど、サトルはどんな様子だった?」

「いつも通りゲームしてたよ」

「そうなんだ。ちなみに兄ちゃんは一階になんか取りに行ったの?」

「ああ、飲み物を取りに行っただけだよ」

「その時、母さんはなにしてた?」

「パンか何かを作ってたかな。特段俺に気付いた感じも無かったから、集中してるっぽかったよ」

「そっか」

 もしや机の下に隠しているのではと思って尋ねてみた。

「ちょっと机の下を見てみてもいい?」

「えっ、ちょ、困るって! プリンなんて俺は盗んでないから」

 僕は強引に机の下を覗き込んだが、怪しげな本が並んでいるだけで、プリンが隠せそうなスペースは無かった。

 やっぱり無いか。

「ありがとう。お邪魔しました」

 兄が何か言いたそうにしていたが、怒られる前に退散した。


 僕は一階に降りた。

 するとそこに弟の姿は無く、キッチンでルンルンと嬉しそうにオーブンを見つめる母だけがいた。

 弟もトイレだろうか? まあ、いい。

 どうせスプーンが無ければプリンは食べられないのだ。

 と、高を括っていた僕はキッチンに置かれた見慣れない箱を見つけた。

 宅配便だろうか。いつ届いた物だろう。

「ねえ、母さん。この箱っていつ届いたの?」

「さっきよ。十分くらい前。気が付かなかった?」

 十分前と言ったら、僕がトイレに行っていた間だ。


 僕は二階にダッシュした。

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