第2話 長いものには巻かれろ

     二


「初めまして、朝宮サキです」

「初めまして、うさぎ赤瞳です。宜しくお願い致します」

「はい、宜しくね、赤瞳さん」

「ちょっとサキ!」

「何?」

「あたしの父なんだけど、一応」

「知ってるよ」

「知ってるって、・・・?」

「まぁまぁ」

「まぁまぁって、親としての威厳もないわけ?」

「そういうものは、持ち合わせていません」

「なんでよ、まったく・・・」

 楓花が何やら拗ねていた。



「サキさんのご結婚の前祝いと、楓花の誕生日を一緒に祝っても良いですかね?」

「あたしの誕生日って、あのさぁ」

 楓花がカレンダーを見て納得した。

 今日の数字が丸でしるされていた。

「良いですよ。親友であり、親戚であり、姉妹でもありますから」

「姉妹って・・・?」

「決まりですね」

「決まりって、何をするつもりなの?」

「取り敢えず、特大のケーキを買って来ます」

 うさぎは言うと、財布を取り部屋を出て行った。



 抱えるようにケーキを持ち、肘からぶら下げた袋にはカーネルおじさんが描かれていた。


「クリスマスじゃないのよ」

 楓花はぶうたれたが、嬉しいのが覗える。

 何気なく受け取る仕草は、宝ものを貰った様子でしかない。

 サキが気を利かしてテーブル上を片した。

「ピンポーン」

 女子二人が、玄関に向いた。

 うさぎがケーキをサキに渡して向かう。


「ご無沙汰して申し訳ありません」

「おぅ、元気そうだな」

「むさ苦しいところですが、どうぞ上がって下さい」

 女子二人の前に連れだった。


「長沼虎雄と言います。宜しくね、お嬢様方」

 軽く会釈して周囲に一別をくれた。

「誰よ?」

「やんちゃだった私の、目の上のたん瘤だった恩人です」

「恩人に、目の上のたん瘤と形容するかい?」

 うさぎが笑顔で場を濁す。


「荒井さんが言ってた人?」

「はい、荒井さんに連絡して、私たち親子を危険から守ってくれた方です」

「なんだ、ばれてたのか?」

「警察組織って凄いんだね」

 サキが口を挟んだ。

「当たり前でしょ、国家公務員なんだから!」

 楓花が自慢げに吹聴した。


「どうぞ、お掛けして?って、あれっ」

「すいません、母の姉の子なんですが、お嬢様育ちなもので」

「そうか、お嬢様なのか。ほらよ赤瞳!」

 長沼が鞄から袋を取り出した。

「シャンパン?」

 サキが袋の形状で目敏めざとく口走った。

 うさぎがそれを受け取った。

 長沼が空いた手で再び瓶を取り出した。

「俺たちはこっちをやろう」

 満面に微笑んで洋酒をかざした。

「オールドパー?」

 楓花が口走った。


「赤瞳が好きだからなぁ」

「やめて下さい」

「聴きた~い」

 サキが長沼の腕に縋りつき、ソファーに倒れるように座った。

 うさぎが微笑みながらキッチンに向かっていく。

 楓花がどっちつかずに居ると、

「グラスを用意して下さい、楓花」

「どこに眼が付いてるのよ」

「赤瞳は若い頃から、人と違うところを見ていたよな」

「眼が利くの、赤瞳さん」

「やめてよサキ、あたしの父なんだからさぁ」

「赤瞳が父か。子は親を選べないからなぁ」

「遺伝子上でしかないですよ、叔父さん」

 用意を済ませたうさぎがソファーに戻りながら気恥ずかしそうに言う。


「赤瞳は、これを持って学校へ行き、停学を喰らったんだよ」

「やめて下さい」

 じゃれ合う二人を余所に、楓花が水割りを作ろうとした。

「俺たちは、ロックでやるからいいよ」

 長沼があざとく言った。

『父を躾ただけあるわ、この人!』

 楓花が心の中で呟いた。

「見直したかい、楓花さん?」

 長沼が一度注視してから微笑んだ。

 うさぎがそのやりとりをながら、割り箸と皿を用意する。

『ポン』

 女子二人が見合わせた。

 うさぎがその隙にシャンパンを注ぐ。

「前祝いだが、ご結婚おめでとう。お幸せにね、サキさん」

 長沼が祝辞を述べる。

「お誕生日おめでとう。美樹が残してくれた、私の宝ものです」

 うさぎは言うと、楓花に目配せした。

 潤む瞳で、それは伝わらなかった。

「乾杯」

 長沼が気を利かせた。

 それぞれがグラスを併せ、口に含む。

「ピンポーン」

 うさぎがすぅ~と席を立ち、静かに玄関に移動した。


「おめでとうございま~す」Χ沢山

 がやがやと騒がしく、仲間たちが押し寄せて来た。

「どういうこと?」

「叔父さんですか?」

「どっちが、赤瞳さんの娘さんなの?」Χ大勢

 うさぎの問いは、その他大勢の騒音(声)に掻き消されていた。

「静かにして下さい」

 うさぎが切れ気味に発した。

 一同がそれで、静まる。


「私の仲間たちで、内閣府の特殊任務捜査室のメンバーです」

「俺が室長の、中里正美です」

「僕が研究開発担当の、伊集院一二三だよ」

「私が捜査班の班長で、石彩花です」

「あたしが初期からのメンバーで、斉藤純子よ」

「同じく初期メンバーの、小野ちはるっ」

「わたくしは二期メンバーの、高橋博子です」

「私も二期メンバーよ。小嶋陽菜、はるちゃんと呼んでね」

「出向二期メンバーの、斉藤マルコス文昭です。宜しくどうぞ」

「研究メンバーの、広瀬谺です。赤瞳さんとは義兄弟です」

「私も研究メンバーよ。天使の結衣こと、浅川結衣」

「K大学教授の須黒 裕也ひろやです」

「同じくK大学准教授の、岡村 天音あまねです」


「楓花!」

「あたしがうさぎ赤瞳の娘、榊楓花」

「私は、楓花のお母様の姉の娘で、朝宮サキ」


「君が、マルコス君かぁ」

「巡査部長ですから、叔父さんのことは知らないはずですよ」

「須藤次官は、私の後輩なんだよ、学閥って奴のね」

「須藤次官の兄弟子ということでしょうか?」

「バカ、余計なことは言わないの!」

「大丈夫ですよ、純子さん。私が言う『若者たちにチャンスを』は、叔父さんの受け売りなんですから」

「ほぅ、『またやらかしたのか』の赤瞳が、そんなことを言うようになったのか?」

「しくじりました。器が大きいと言うべきでした」

「昔から、『長いものには巻かれろ』というだろう。学習がまだまだということだ」

 うさぎが俯いて、苦虫をかみ潰していた。

 

『私も誕生日なんですが』

 うさぎは口に出さなかった。

 人が企まなくても、時が祝福してくれる。

 先人たちからの御褒美が届いた、というだけのことだった。


 

 

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