遺伝子は裏切らない

第1話 不可解なメールから

    一


 一段落したことで、楓花の気は緩んでいた。ソファーに横たわり呆けたように過ごす毎日は、だらだらと時間だけが刻まれている。


『ピッピッピッ』

 楓花のスマホが、メールを受信した。

 無機質に空気中に馴染んだまま、メールが開かれた。


 やっぽ~✋

 元気にしてる~👀

 親友のサキだよ~✌

 相談したいんだけど~👅

 何時でもいいから連絡ちょ~だい🐦

 待ってるからね~👌


 楓花はため息をついて、

「バカ丸出しじゃん」と吐き捨てた。

 サキこと朝宮サキは、母の双子の姉ユリの娘である。

 所謂、従姉妹いとこであった。同学年のサキは、天然を絵に画いたお嬢様。


 楓花の育ての父は、身籠もっていることを知らずに母と結婚した。

 母は、楓花が成人するまでの保険をかけておきたかった。

 楓花が成人した姿を視れないことに気付いていたのである。

 目前まで頑張れたのは、ユリがサキを介して楓花を養ってくれたからだ。

 母の病院代も朝宮家が賄っていた。

 サキに、うさぎのところへ行く、と告げたから、ユリも安堵した。結婚すれば姓も代われる。


 うさぎのことは、探偵を使い調査済みだった。養子縁組をするだけの知恵があると報告されていた。

 国の機関に係わっていることは、総ての者 (家系図の三親等)を安心させた。


 大いなる力が与える矯正力は、手ぐすねを引くように、楓花のもとに集められ始めていた。



「ねぇ!」

「なんですか?」

「出掛けてもいいかなぁ?」

「何故、訊くのですか?」

「寂しいかもしれないから」

「最初に云いましたが?」

「もういい!」

 楓花はそっぽを向き、スマホをいじり始めた。


 うさぎは内心で、

『悪い男にだけは、欺されないで下さいね』と、念じていた。


「出掛けて来る」

 言うなり身仕度を整え、排気ガスのように(💨)飛び出して行った。


 うさぎはスマホを取り出して、朝宮家の検索をする。メールを覗き見た時に、サキという語句を確認したからである。

 楓花を受け入れる際に聴いた説明にサキが

「楓花の本当のお父様は、うさぎ赤瞳という変人らしいよ」と、教えたらしい。

 美樹の療養費を援助した証拠の領収書も提示された。僅かばかりの保険金だが当面の生活を保障していた。その保険金の掛金も、朝宮家が出したものだった。

 楓花に残るリストカットの傷跡も、朝宮家が繋ぎ止めた、と予想できた。

 ふっと、思い出が脳を占領した。


 私には双子の姉がいます。

 姉の名は加藤百合。

 幸運と喚ばれるものは総て、姉がもぎ取って。

 私が掴むものは、不幸ばかり。

 

 愚痴に聴こえるが、笑顔で云われると、そうは感じなかった。

 

 双子というのは可笑しいもので、なんでも分割するんですよ。

 子供の頃はまだそれに気付いてなくて、なんでも競い合いました。母が、又ケンカしたの? と、口癖のように云ってましたから。

 思春期を迎えて、総てが変わりました。


 姉が嬉しいと笑うと、私もなんだか嬉しくなるんですよね。全然違うところにいても、それが届くんですよ。だから今、姉も『幸せ』と感じてくれてるはずです。

 美樹の幻影が、これ以上ない微笑みを見せて、うさぎの脳から消えようとしていた。


「待って下さい」

 慌てふためいて叫んだ。

「美樹さんは、幸せだったんですか?」

『楓花が心の底から笑えれば、それが私の幸せです』

「私が笑わせてみせます」

『姉も、その娘のサキも、私の分身と思って下さい』

「お安い御用です」

『楓花もサキも、本当の幸せを知りません。貴方にそれをお頼みするのは筋違いですが、後生ですから敢えてお頼みしますね』

 美樹は云い終わると会釈して消えた。


 うさぎは両手の指を絡めてつむぎ併せた。

 願いは電磁波に乗り黄泉の国を目指す。

「!・?」

 うさぎの心が、お告げを受信した。

 新橋の事変で、大量の輸血をした。それ以来、お告げの具現化ができなくなっていた。

 大量の輸血で、遺伝子に刻んだ記憶をなくしたようだ。隅に追いやるのではなく、輸血で薄められたことに気付いた。

 大いなる力が齎した矯正力は、うさぎ自身にも働いたのである。

 スマホの検索を止め、楓花にメールをうつ。


 蟠りを解消したら一緒に戻って来て下さい。私も一緒にお祝いしたいです。

               父より❤



 楓花から直ぐに返信が入った。


 キモい。

 解った、って、どうして結婚することを知ってるの?

 まぁいっか。連れて帰るよ。


 うさぎは受け取ると、ふっ、軽く吹き出した。顔がほころび、ウキウキが止まらなかった。

 


 

 

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