自制心の恋。

瑞稀つむぎ

第1話

恋なんてできないと思ってたのに。

絶対しないと決めていたのに。


出会ってしまった。

気づいてしまった。


有り得ないところまで、心が動き出す。

その人の何気ないひとつひとつの行動が、この胸を奪っていく。



でも。

どうせ私は、あの人の娘なんだ。

私は、あの人の遺伝子をついでいる。

あの人と同じことをしそうで怖い。


うす汚れた靴。

綺麗に磨いてもまたすぐにどうせ、泥だらけになるんだ。

わかっているよ。

それと同じなんでしょ。


無駄なことで疲れるくらいならさ。

もう、いいよ。


さっさとさ、そんな恋なんてもの放おっておこう。

忘れよう。


わかってはいるよ。

きっと逃げてるだけだと。

自分の心に向き合っていないだけだと。


だけど、あなたに「私」は、見られたくない。


知られるのが怖い。

嫌われるのが怖い。


こんな薄汚れたもの、見せられるわけがない。


だけど。


壊れるぐらいまで、心が揺さぶられる。

貴方の口から紡がれた言葉。

ただの言葉なのに、この胸を焦がしていく。



今のところ、割と上手くやれてるはず。

でも、不確かなものに私の何もかもを乱されたくない。


それに、もし。

この余計なものがこびり付いた思い出が、不意に体を抜け出してきたのなら。


傷付いて。

傷付けて。


直る保証もないのに。

それで、終わりかもしれないのに。


だったら、最初から恋なんてしなければいいんだよ。

わかってる。わかってる。


だけど、これが恋なのだと気づいてしまったから。

貴方が好きなのだと自覚してしまったから。


悲しいとかじゃない。

もう、どうしたらいいか、わからない。

無意識に、涙が頬をつたう。


慌てて、涙を拭う。

こんなの私じゃない。

恋に振り回されるなんて、私らしくない。


男にだらしない母親を見て決めた。

私は、ああはならないと。

絶対に恋なんてするものかと。


そう、恋という感情を心の奥に閉じ込めて、その上に何枚も何枚も御札を貼った。

なのに、貴方はその御札を一枚一枚、剥がしていく。


その笑顔が。

その声が。

その優しさが。


鎖を一個一個、解いていく。


わかってはいるよ。

変だよね。

こんなの、私じゃない。


それでも止められない。

「私」が、「私」じゃないみたい。

どうしよっか。



きれいな鈴の音が聞こえる。


封印していた音がする。

今まで、耳を塞いでいたのに。

指の合間をぬって、音が絶え間なく聞こえてくる。


何気ないこの1秒も、貴方がいるだけで深く深くこの胸に刻まれていく。



その意味は。

その価値は。


答えようのない問いなのに。


それなのになぜ。


何かを見つけたような、気持ちでいる。

心に一筋の光が差し込んでくるよう。



わかってはいるよ。

きっとそれは、素敵なことだと。

それでも「私」が追い付かない。


心のままに動いていいのか。

心に鎖を巻き直すのか。

まだ、迷っている。


なのに。


苦しいのに嬉しいような形容しがたい感情が、「私」を奪っていく。


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