お前は大器晩成だからと追放された俺は、他国で冒険者ギルドを営む

松岡弓意

ユニコーンを探して

第1話 追放される

「申し訳ございませんでした!!」



 畳の上に額を擦りつけながら俺は言った。

 情けなかった。心の底から、情けないと思っていた。



「負けたというのか?」



 何度目か、数えるのも億劫になる父の声。

 十は優に超えている。

 二十。いや三十か。

 父のその言葉を聞くたびに、俺は言い続けた。



「申し訳ありませんでした!!」



 血涙さえ、流しそうな、気持ちで。



「ふぅ」



 父の溜息。

 心にどしりと、鉛を乗せられたような気持ちになった。



「お前の天道が【大器晩成】であることは知っている。しかし、十の子供にさえ勝つことができぬとはな」



 天道てんどうとは、天が教えてくれる、個々人のしるべである。天が教えてくださるのだ。ありがたくも。ご丁寧に。



 例えば俺であったなら、君は大器晩成の男だよ、と……。



 泣けてくるぜ。大器晩成と言われた男がどんな末路をたどるのか、天は考えなかったのだろうか?



 大器晩成。つまり将来いつかどこかで、花開く。それがいつかまでは、わからない。わからず、ただただ努力を強いられる。



 花開くのは、ジジィになってからかも、しれないのに。



「案ずるな。お前にはもう二度と期待せぬ。リン。お前は忍びをやめよ」



 八津刃の里において、忍びをやめる。それがどういうことなのかはわからなかった。前代未聞の話だったからだ。



 しかしまさか殺されはしないだろうと思っていた。特例として、人一倍畑を耕せばよいのかと。女子より、遥かに絹を織ればよいのかと。あるいは、市井に買い出しに行けば、よいのかと。

 鉄を採ればよいのかと。温泉を掘ればよいのかと。山菜を集めればよいのかと。



 数多の希望が、頭を過った。その時。



 チャリン。



 目の前に放られたのは、袋だった。音からして、中身は金であろう。袋にたっぷりと入っているので、しばらく食っていくには困りそうにないほどの、大金。



 ゾクリと、何か、嫌なものが這い上がってくるような、気配を感じた。多分これから言うであろう父の言葉を、察したからであろう。



「金三十枚入っている。一人で金三十枚ならば、わきまえれば一年は食うに困るまい。我ら八津刃(やつは)の人間は、畑を耕し絹を織ったとしても、その基本は闘争である。十の子供との試合に負けるお前では、どう足掻いても未来は死であろう。逃げろ、リン。どこへなりとも逃げろ。その金を持ってな。事情はワシから説明しておく」



 唇を噛んだ。



 手を伸ばす。



 結局他に道はないのだ。そして、父の言っていることは、正論であり、優しさとも言えた。本来なら殺されてしかるべきなところを、八津刃の長として、逃がしてくれるというのだ。



 実に優しい父ではないか。自分は多分、この気持ちだけで生きていける。そう思っていた。だが――



 一つやり残したことがあった。それは、許嫁の、ツァオリンのことである。自分は出て行くことになるけれど、お前は幸せになってくれ。



 それぐらいは、伝えておかないと。あいつは――そう、いい子だから。いつまでも自分のことを、待ってしまうかも、しれないじゃないか。



 立ち上がる。そんな俺に、父は言った。



「ああ、そうそう。もしかしたらお前は、これが気がかりになっているかもしれないから、これだけは言っておく」



 振り返る俺。

 父は当たり前のように、口につく。



「ツァオリンは、お前の弟、レンと結婚することになった」



 弟、レンの天道は、堅実であった。早熟ほどではないけれど、努力がきちんと実り、結果を出してくれる、天道。



 恨まなかった。俺以外の誰かに幸せにしてほしいと思っていた。それが気心知れた、弟のレンだった。

 最高じゃないか。俺の代わりにあの子を幸せにしてやってく――



「レンとツァオリン。二人から言われたよ。自分たちの恋を認めてください、とな」



「え?」



 ガラガラと、足場が崩れていくような錯覚を覚える。


 

 何だ? これは一体、どういうことなんだ?



「バカだなお前は。女の言葉を真に受ける。男がもっともしてはならぬことだ。ましてやお前の天道は大器晩成。見限られて当然だ。ツァオリンも、そして弟のレンも、裏で算段を立てていたのさ。お前を裏切る、算段をな。ツァオリンが好きだったのは、八年前。天道が示される前の、将来にまだ可能性があった、お前なのだよ。終わった未来が確定したお前を好きになるものなど、どこにもいない。そう断言できる」



 不覚にも、唇が震えた。


 

 好きだったのだ。当然だろう。そしてツァオリンも、こんな自分であっても好きでいてくれると、信じていた。



 いや、すがっていただけなのか。ただ俺が、弱いから。



「わかったらとっとと消えろ。誰にも知られぬようにな。お前の力では、この里を出るのに時間もかかるだろう」



「……今まで、ありがとうございました」



 頭を下げた。



 泣いている顔を、見られないように。



 家を出る。



 駆けて、駆けて、駆けた。



 いつか強くなってやる。そう思って、刀を振るった。能力開示の神呪を唱え、やはり伸びていない能力を見て哄笑し、また刀を振るった。



 振るい続けた。掌から血が零れても振るった。死にそうになっても、振るった。それでも、能力は伸びなかった。



 大器晩成。嗤うしかなかった。



 嗤いながら、五年を生きた。大器晩成はまだ華を咲かせない。



 俺の大器晩成が華開いたのは、それから三年経ってからだった。里を出て、計八年。俺の年は二十六になっていた。



 そして、その八年の間に、俺の生まれ故郷である八津刃やつはは滅んでいた。正確に言えば、攻め滅ぼされた。俺が今腰を下ろしている国、レムナント帝国の手によって。

 

 

 ざまあみろとは思わなかった。

 自分の手で成し遂げたかった、とも思わなかった。



 では、八津刃有する黒曜国が白旗を上げたと聞いた時、抱いた感情は何だったのか。



 それは、考えないことにした。



 ただ心の底にたまったやるせなさが、時折表面にまで浮かび上がってくる。



 特に――こういった冬の寒い日。



 黒曜国が白旗を上げ、そして――



 俺の大器晩成が開花した、雪が深々と降る冬の日は、特にだ……。



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