千尋との時間
「俺は、
そう言ってビールを飲んだ。
千尋の優しさが、嬉しかった。
「由紀斗さんも、奥さんも幸せになっていいんですよ。」
そう言われた。
「ありがとう、千尋の優しさが嬉しい」
「よかったです。」
「千尋は、子供の話を突っ込んでこないからよけいかもしれないな。」
不妊で悩んでる夫婦は、世の中に五万といる。
何も、俺と梨寿が特別なわけじゃない。
「子供、子供ってみんな偉そうに言いますね。会社の奴等も…。それを全てだっていう社会が、そもそもおかしいんですよ。俺達だって、税金払ってますよ。子供がいないとなんて言ってたら、税金取り立てんなって話です。」
「千尋、酔ってるか?」
「酔ってません」
面白い事を言うと思った。
そうだな、ちゃんと税金は払ってる俺も千尋も…。
「子供を産んで欲しいなら、それ相当のお金を払って欲しいです。未来に投資って言うなら、結婚した夫婦にも投資しろって話ですよ。今産まれてる子供ばっかり優先しやがって」
「千尋、水もらうか?」
「いりません。」
千尋は、そう言って焼き鳥を食べる。
空きっ腹だったのかな?
「子供が出来ないから、ポンコツって言うのも最低です。子供が出来ないと結婚してはいけないって、婚姻届に書いてましたか?」
千尋は、俺を覗き込んだ。
「書いてないよ」
「でしょ?なら、子供なんて関係ないじゃないですか…。なのに、結婚して子供ができたら偉そうにいいやがって。そもそも俺は、子供が大嫌いなんです」
そう言って、千尋は腕を捲った。
「傷か?」
「肉親の子供なら可愛いとかって聞きませんか?」
「ああ、そうだな」
「これは、姉貴の子供にやられたんです。」
「この傷を?」
腕には、縫った痕がある。
「当時12歳だったんですけどね。小さい頃から、姉貴に会えば優しくしてたんです。何か勘違いしたみたいで、俺を好きになったんですよ。で、ザックリ切られたんです。両親が、結婚、結婚、うるさいから34歳の時、彼女連れて行った時です。」
「それは、すごい話だな。」
「実際は、寝てる彼女を刺そうとしたから庇ったが正解ですけどね。俺、姉貴の子供大嫌いなんですよ。ってか、子供全般嫌いです。」
「どうして?」
「両方いけるって言ったでしょ?高校生の時、公園で昼間からイチャイチャしてたんですよ。そしたら、低学年ぐらいのガキに囲まれて。キモいや、死ねや、消えろのオンパレードでした。そっから、ガキは大嫌いです。正直な事しか言わない。オブラートにものを包めない。子供だから許されるって思ってるやつが多い。親も含めて」
「そんな事ないだろ?千尋の偏見だよ」
俺の言葉に、千尋は首をふった。
「姉貴が言ったんですよ。この傷つけられた日に…。子供のやる事だから許してやってよって、姉貴の旦那もです。子供がした事にいちいち怒るなよって…。だったら、あの日俺が気づかなくて彼女が殺されてもそう言えたのかって言ったら…。生きてるし、その傷だけですんだんだからいいじゃないって…。それから、二度と家族には会ってない。両親も、姉貴の肩をもったから」
千尋は、そう言うとビールを流し込んだ。
怒りが、目に宿ってる。
梨寿と似ていた。
[父の葬儀で、従姉妹の子供が言ったんです。骨がみたい、みたい、おもしろいって…。それを後で、従姉妹に言ったら、子供が言った事に目くじらたてるなんてどうかしてるって…梨寿もいつか子供が出来たらわかるって]
梨寿の父親が亡くなった時の話だ。
「千尋、もうこの話しはやめよう」
「由紀斗さん、子供なんて、純粋な皮を被った悪魔ですよ。偏見ですけど」
千尋は、そう言ってレモン酎ハイを頼んだ。
そうかもしれないな。
俺の従兄弟の子供が、二年前に俺と梨寿に言った。
[結婚して長いのにどうして子供がいないの?二人は、悪い大人なの?]
親が言った言葉を代弁したにすぎない事なんてわかっていたけど、傷ついたんだ。
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