犬と人と異世界と

しぐれき

プロローグ

プロローグ

 日本のとある町での冬の朝、この町の一軒家で過ごしている高校二年生の『梅』は、飼い犬で柴犬の『さくら』に腹の上に乗られ、顔を舐め回され目を覚ます。さくらの頭を撫でながら、時計を見ると、時計は6時を指しており、梅は「散歩の時間か……。」と呟いた。


 外ではチュンチュンと雀が鳴いており、何だか可愛らしいなと思いながらも、さくらの朝の散歩の準備をする。ちなみに、梅は帰ってきた後に、着替えるのが面倒だからと、平日の朝は、制服でさくらの散歩をしていので、制服に着替え、寝癖を直し、顔を洗った後に、寒くないように上着を羽織り、フンを入れるためとスコップを袋を持った。そして、さくらが待っている玄関へと急ぐ。


 玄関にはさくらがリードを咥えて待っており、「さて、行こうかさくら。」と、梅はさくらにリードを着け、頭を撫でた。さくらはさっきの言葉に反応するかのように「わん!」と鳴くので、さくらに微笑みながら、「さくらは頭が良いね。」とまた頭を撫でた。そして、玄関にある両親の写真に「行ってきます。」と言い、玄関の扉を開けた。


 時季が冬なせいか肌寒く、辺りは薄暗い、大体の散歩のコースは、自宅から交差点まで行き、そこから自宅へと引き返していくというコースだ、そこからは自由に行動していく。今日は何処に行こうかと梅は考えていると、散歩をしていた近所のおばさんに、「朝早くから偉いねぇ。」と言われたので、すこし照れながらも、「そんなこと無いですよ。」と笑顔で返した。


「やっぱり冬は寒いねぇ……あっ、もうすぐ交差点だね、さくら。」


 その言葉にまたさくらは「わん!」と反応したかと思ったら、さくらは突然、何かを見つけたかのように走り出す。その際、尻尾は大きく左右に振っていて、何だか嬉しそうだった。


「うわ!ちょっまっ!!」


 梅はさくらに引っ張られ、必死でついていく。交差点を見ると、そこには、一人の自分と同じくらいの少女が、まだ登校時間でも無いのに制服を着て、信号が青になるのを待っている。さくらはその少女の元へと走っている……というか、突進しているようで、さくらは止まらない。梅は思わず「よ、避けて!!」と少女に向かって叫ぶ、すると少女は振り向き、さくらが迫ってきているのを確認すると、その場でしゃがんだ。さくらは少女へとダイブし、少女はそれを受け止める。「よしよーし。」とさくらを撫でる少女、梅はほっと胸を撫で下ろし、少女に「ごめんなさい、大丈夫ですか?」と聞いた。


「私は大丈夫、君は?この子に引っ張られてたみたいだけど。」


「僕は大丈夫、もうさくら、突然走ったら駄目でしょ!」


 梅はポンとさくらの頭を優しく叩くと、さくらは「わん!」と反応した。


「さくらって言うんだね、この子。」


「そうだよ、ごめんね、すぐにさくらを離すから。」


 梅は少女に近づき、さくらを引き離そうとすると、少女は「大丈夫、もう少しだけ、このままでいさせて。」と言うので、梅はそっとしておいた。一分くらいすると、少女は口を開いた。


「私は『八重』、『日向 八重』、君は?」


 少女が突然自己紹介しだしたので、梅は少し驚いたが、梅も口を開く。


「僕は……『梅』、『山城 梅』だよ。」


「そう、梅くんね、分かった。」


 八重はさくらを抱えたまま立ち上がり、梅に近づく。そして、梅にさくらを笑顔で渡す。渡される際に、梅は、八重が小刻みに震えている事に気づき、「どうしたの?寒いの?」と梅は聞くと、八重は少し間を置いた後に、「そ、そうなの!寒いんだよね~あはは……。」と答えたので、さくらを地面に置き、梅は着ていた上着を八重に渡した。


「次あった時に返してくれると良いからね、学校も同じみたいだし。」


「それじゃあね。」と言った後に、梅は来た道を走って戻っていった。八重は渡された上着を羽織ると、まだ脱いだばかりだったのでまだ暖かかった。


「本当に……暖かいなぁ……。」


 八重はその暖かさを噛み締め、一人右目から涙を流した。


 梅は自宅に戻り、さくらの二つの器に水とドックフードをそれぞれ入れ、おやつをさくらに食べさせてから、梅は自分の朝食を作り出す。朝食を食べ終わる頃には、家を出なければいけない時間になっていたので、急いで食器を片付け、通学鞄を持って家を出た。

 出る際に、さくらと両親の移った写真に行ってきますと言うと、さくらは「わん!」と吠えた。


 外は、散歩をしていた時とは違い、寒さはあまり変わらなかったが明るくなっており、見通しが良くなっていた。駅に着き、電車に乗り、学校へと徐々に近づいていく。梅は欠伸をしながらも、吊り革を持ち、電車に揺られていた。

 特に何事もなく、電車を降り、歩いて学校へと向かう。向かっている最中に、友人から声をかけられ、他愛もない話をしながらも、門を潜り、校舎内へと入っていった。


「それでよ、あのボスを5ターン以内に倒すと、倒した後の台詞が変わるらしいぜ?」


「そうなの?ていうか5ターンで倒せるの……?」


 教室に入った梅は、最近流行りのゲームの話題で盛り上がっていると、突然クラスメイトの女子から話し掛けられる。「どうしたの?」と梅はその女子に聞くと、教室の入り口を指差しているので、目をやると、朝出会った八重がそこには居た。「何か用があるらしいって、彼女?」と、女子がからかってくるので、梅は顔を赤くしながら「ち、違うよ!」と否定した。


「違うのか……。まぁ、何か用があるらしいから行ってやんな。それじゃ、あたしはこれで。」


「うん、ありがとう。」と梅は女子にお礼を言った後、友人にも「ちょっと行ってくる。」と言い、八重のいる教室の入り口に向かう。梅は「どうしたの?日向さん。」と聞くと、八重は「八重で良い。」と言い、梅は「……八重さんどうしたの?」と聞き返した。


「上着の件なんだけど、明日洗ってから返すから、待ってて。それと……。」


 八重は折り畳まれた紙を梅に渡し、「これ見といて、来てくれたら嬉しい。」と言った後に、八重は逃げるように去っていった。すると、それを見ていたクラスメイト達はどっ!っと盛り上がり、梅に何が書かれているか聞いてくる。


「いやいや、これは僕だけで見るから!」


 梅は皆に言うと、クラスメイトの一人が「んじゃあ梅が見た反応で見極めるから。」と提案してきたので、「それなら。」と梅は納得し、折り畳まれた紙を広げる、そこには文字が書かれており、内容は『昼休み、一緒にご飯を食べませんか?屋上で待ってますので、来てください。』だった。梅は一瞬内容が理解できず、目をぱちぱちさせていたが、やがて理解し、顔を真っ赤に染め、急いで紙を折り畳みポケットの中に入れる。そして、皆は大体の内容を察する事が出来た。梅は自分の席に座り、机に顔を押し付ける。すると友人が「おっと、梅さん梅さん、そんなにお顔を真っ赤に染めてどうしたんだい?」とからかうように聞いてくるので、「うっさい。」っとさらに顔を赤くしながら言った。


 昼休み前の最後の授業が終わり、梅はお弁当を持って、八重と一緒にご飯を食べる約束をしている場所、屋上へと向かう。階段を駆け上がり、屋上への扉を開けると、そこには八重は居なかった。


「えっ、いない……。」


 名前を呼びながら屋上をぐるりと一週してみるが、やはりいない。


(早く来すぎちゃったかな……。)


 梅は屋上で町の景色でも見ていると、屋上の扉の開く音が聞こえてくる。梅は扉の方を向くと、そこにはパンと牛乳を持った八重がいた。


「お待たせ、売店が混んでて遅くなってごめんね。」


「大丈夫だよ、誘ってくれてありがとう。」


「いやいや、こっちも聞きたいことがあったし……食べながら話そ?」


 梅は八重の提案に乗り、とりあえず二人でご飯を食べる。二人は黙々と食べ進める。梅は『気まずい』と食べながら思っていたので、何か話題が無いか頭をフルで回転させていると、八重が口を開いた。


「あのさ、変な事を聞くようだけどさ、もし目の前で大切な人……例えば家族とかが死んでしまったら、どんな反応する?」


「どんな反応って……。」


 八重の目を見ると、真剣な眼差しで梅を見ていた。


「僕は……。」


 ふと、あの時の事を思い出す。両親が自分を庇って車に轢かれ、そして死んでいった日の事だ。


 あの時、自分はどうしていたのだろう。声をかけても返事をしない二人を見ながら、どうしていたのだろうか……?


「頭がおかしくなっちゃって、笑ってるんじゃないかな?」


 少なくとも、と続けようとした梅に被せるように「少なくとも僕はそうだった。でしょ?」と言った。


「何で分かったの?超能力者?」


「何となくかな。君、私って似てるし。」


「どういうこと?」


「実は私も事故で、家族皆失ってるんだよ。」


「本当に?」


「本当。そして、朝『どうにでもなれ』って、思った時に君が現れたわけ」


「自殺しようと?」


「うん。」


「そっか……。」


 その気持ちは梅には痛い程分かった。梅だって何度も両親に会いたいと思い、死のうと思ったことだってある。一人ぼっちは寂しいから……

 だが、そうはできなかった。

 命懸けで守ってくれたこの命、大切に扱おうと思った。


「ねぇ、これからも一緒にご飯食べない?」


「えっ?」


「私の命を助けた責任、とってよね。」


 断る理由がない梅は「うん」と頷いた。


 その日から、毎日一緒にご飯を食べるようになった、家も近所で、どっちかの家でよく遊ぶようになり、ゲーム等で遊んだり、さくらの散歩を一緒にしたりと、寂しさが紛れるようにと、一人の時間をなるべく無くすようにした。


 半年が経ち、梅と八重は高校3年生になった。季節は夏で今は日曜日だ、あれから二人はとんでもないほど仲良くなり、今は梅の家で梅が料理をしている。


 料理をしている梅の隣に、八重が現れ一言「手伝わせて。」というので、とりあえず、「机の上を台拭きで拭いてきて。」と頼んだ。

 八重は家事が苦手だ、なので簡単な事を任せた。必死に台を拭く彼女を見ていると、笑みが溢れてくる。「台拭き終わった。」と来たので少しレベルアップ、食材を切って貰う事にした。


「食材を切るときは?」


「猫の手。」


「よし、切ってきなさい。」


 と確認してから、梅は八重を見守る。八重は「猫の手猫の手……。」とぶつぶつと呟きながら、人参やらジャガイモやらを切っていく。今日は肉じゃがだ。


「出来た!」と声を上げる八重、

 八重の切った食材はどれも不格好だったが、怪我をするよりかはましだ。梅は、笑顔で親指を立てる。色々あって、肉じゃがも完成し、お皿に盛り付け、二人でいただきますをしてから、食べ始める、さくらには別に果物を用意してあるので、さくらはそれを食べている。二人は、「形がバラバラだね。」と笑いながら話していると、梅が「あのさ。」と会話を途切れさせる。


「あの……さくらも一緒に行けるカフェ見つけたんだけど、良かったら次の日曜日に一緒に行かない?」


 梅は顔を赤くしながらも、八重の目を見て話す。その目は真剣だ。


「もちろん、良いよ。」


 と八重は答えると、梅は飛ぶように喜んだ。八重は「そんなに喜ぶ事?」と聞くと、「勿論!さくらやったぞ~ご主人様やったぞ~!」とまだ喜んでる。


(それにしても、カフェに一緒に……ん?一緒ということは二人とさくら一匹……それって……デー……。)


 八重も顔を赤くしながら可愛い服は有ったかと、肉じゃがを食べながらずっと考えていた。


 次の日の月曜日、学校があるので、いつも通りに投降していると、またいつものように後ろから友人が声をかけてきた。


「おいおい、気持ち悪いくらい笑顔だな、梅。」


「えへへ~そうかな~デュフ、デュフフ~。」


「おいおい、その笑い方してるやつ始めてみたぞ。」


「え~どんな笑い方~。」


 と梅は嬉しそうな顔をしながらいうので、友人もそれに微笑む。


「ま、友人代表としていうがな、お前に笑顔が戻って良かったぞ。」


「えっ?」と梅は聞き返す。


「お前、八重さんと出会う前まで今にでも死にそうな顔をしてたぞ、お前自身は作り笑顔してるつもりだったろうけどな、俺には分かる、小学校からの付き合い舐めんじゃねぇ。」


 その言葉に梅は正気を取り戻す、そして、友人に「ありがとう。」と言った。


「おう、俺はお前の友達……いや、親友だからな!!困った事があれば言えよ?」


「うん、ありがとう。」


 梅は友人に対して感謝の気持ちで一杯だった、三年前、まだ中学3年生の時、志望校にも合格者し、そのお祝いとして、忙しくていつも家に居なかった両親と一緒に、レストランに行った。三人揃って食べるのは久しぶりで、本当に嬉しかった。嬉しく楽しい思い出で終わるはずだった。その日のレストランから、駐車場に向かう途中、歩道に一台の車が突っ込んで来た。梅の両親は梅を突飛ばし、梅は軽い擦り傷を負ったが、死ぬことはなく、一人だけ生き残った。あの時の事は思い出したくない。


「あのね、僕さ、八重をカフェに誘ったんだ。」


 梅はそういうと友人は「まじで!?」と驚き、どうだったかと聞かれたので、自信満々で「おっけー貰った。」と言った。


 次の日曜日、真夏の空の下、梅達は家から歩いて約30分の所にあるカフェに、水分補給をしながら二人と一匹で一緒にカフェの目の前まで行く。さくらは八重が抱え入店すると、「いらっしゃいませー!」の声と同時に、ひんやりと涼しい風が迎い入れてくれた。


 それから店員に席に案内され、梅はとりあえず、前々から友人がおいしいって言ってた『ブラックコーヒー』を頼むことにした。


「ブラック飲めるんだ~。」


「うん、分からないけど。」


「大丈夫なの?」


「大丈夫、分からないけど。」


 その後、そのブラックコーヒーを一口飲んだ梅は、ついてきた砂糖やミルクを全部入れ、後は我慢して飲んだ。梅は、あんな苦いものを飲める友人を尊敬の眼差しで、見ようと思った。


 他にも、さくらの為に、犬用のケーキ等を頼み、梅達はパンケーキを頼んだ。そして、他愛もない話をして、楽しんでいた。このままこんな平和な日常が続いていけばいいと思っていた、もう一生分の不幸は経験しただろう、後は楽しむだけだろうと、二人は思っていた。


 日が沈んで行き、今は夕方だ、カフェを出た後も、色んな所を巡り、今は交差点で信号が変わるのを待っていた、この交差点を真っ直ぐに行けば直ぐに梅の家へと着く。左から右へと車が通り過ぎ、次の奥にある車が通りすぎれば、変わるだろうと八重は思った、二人は疲れからか欠伸を同時にし、その事を笑いあった。そういえばここで出会ったんだっけ?と八重は思いながらあの時の事を思い出していると、梅から「あのさ。」と声をかけられる。


「どうしたの?梅。」


 八重はさくらを抱えながらも梅の方向へと向く。すると、梅も八重の方へと向きを変え、真剣な目で八重を見つめる。


「ど、どうしたの?」


 車の音が徐々に近くなる、それと同時に八重の心臓の鼓動も速くなる。


「また……。」


 何故か奥にある車が左右に揺れ始める。八重は梅の言葉に集中しているため、気づいてない。またさらに車の音が大きくなっていく。


「一緒に、カフェに……。」


 八重の答えは決まっている。


「いってくれまっ……八重!!危ない!!」


 猛スピードの車と衝突する寸前に、梅は背後からくる車に気づき、八重を突き飛ばす。そして、『嫌な音』が周りに響いた。


 梅は車と一緒に壁に激突し、止まる。八重はその光景に目を疑う。


「嘘……だよね……梅!!」


 八重は梅に近づき、声をかけるが、返事はない、車のドライバーも衝突のせいかで気絶している、ずっと梅は壁に打ち付けられたままだ。さくらが車に向かって吠えている。


「待ってよ……ねぇ!!待ってよ!!」


 八重の頭の中はぐちゃぐちゃだ、何をすればいいか分からない、必死に考えるが答えが出ない、頭が理解を拒む。そして何を思ったのか八重はそっと梅に触れる、すると当然だが血が手につく。それを見てますますどうすればいいのか分からなくなった。そんな事をしていると、梅の目が八重を見るように動き、「良かった……。」と言った後に動かなくなった。


「何で……。」


 騒ぎに気づいた近所の人が警察に連絡したのか、遠くの方からサイレンの音が聞こえてくる。


「何で!!私ばっかり!!」


「おかしいでしょ!!何で……何で……!!家族も死んで、大好きな人も死んだ!!」


 八重は夢だと、これは悪い夢だと思い、頬をつねる。


「何で……痛いのよ……。」


「あはは……はは……はは……。」


 八重はその場で狂ったように笑い、泣き、怒った、頭を抱え、どうすればいいかも分からず、ただ喚いて泣いて、その後どうなったのか分からない。そして、絶望し、また涙を流す。


 病院の検査を終え、医者からは二週間ずっと眠っていた事、そして、梅が死んだ事という事実を聞かされた。死んだ梅とは八重の傷は掠り傷、あの時と同じだ。八重はその日に退院し、もう誰もいない家へと一人歩いて帰っていった。

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