アイドルが異世界転移したら

ななこ

異世界転移ってやつ

異世界転生や異世界転移の話は聞いたことがある。

楽屋でそういう小説を読むメンバーも多かったし、ネトフリやHuluの人気ランキングに入っているのを目にしたことがあったから。


でも、まさか『自分自身』が異世界に行くことになるなんて、思いもしなかった。


「異世界より少女を1名、転移成功しました!」


ファンタジー映画のような魔法陣が刻まれた地面にぽつりと座り込む私と、その陣を取り囲むようにして立つ大勢の謎の服を着た人々。その表情は歓喜、畏怖、戸惑い、様々な色を見せている。


(え、えと? どっきり?)


ドキドキと心臓が嫌な脈を打っている。さっきまで舞台袖で出番を待っていたはずなのに、瞬き1つした瞬間にこんな場所に移動なんて、さすがに現代技術ではありえない。ということは、いわゆる異世界転移のような超現象的ななにかが起きてしまったということだ。


(とりあえず、笑っておいた方がいいのかな……?)


内心戸惑いと恐怖が去来していたけれど、アイドルという職業病か。とにかく初対面の人が大勢いる場で、値踏みするような嫌な視線が向けられている状況なら、大人しく笑っていればいい。へらりと笑った私に、場の緊張感がやや和んだ気がした。


それを見計らったように、中でも飾りがたくさんついた服を着た偉いっぽい人が一歩踏み出し、私の元へ進み出てくる。


(おお、めちゃくちゃイケメン)


某アイドルと比べても遜色のないほど整った顔立ちの彼は、おそらく私とそう変わらない年齢だろう。紺みがかかった黒髪をさらりとなびかせ、宝石のような赤い瞳を私へ向けた。


「意識は、はっきりしていますか?」

「はい」

「よかった。言葉は理解できているようですね。記憶の混濁などもなさそうでしょうか」

「……一応?」


何しろ瞬きの間に移動していたから、直前の記憶が本当に正しいのか曖昧だ。そんな思いを込めて疑問符を浮かべると、彼は手を顎に添えて、考えるように視線を落とす。仕草が色っぽい。


それから周りに視線を向けると、「おそらく転移は問題なく成功している。陛下へ報告を」と短く指示を告げた。服装通り、偉い人らしい。


「名前を聞いても?」

「深町葵(ふかまちあおい)といいます。あだ名はアオピョンだよ!」

「アオピョ……? アオイと呼ばせてもらいますね」


アイドルしてるときのくせで、思わずぶりっこ全開で挨拶をしてしまった。普段ならメンバーとファンからの「ぴょんぴょんコール」が入るのに、悲しいほどの静寂と、やや引いた眼差しが痛い。


「この状況について、簡単に説明させていただきます。ここでは落ち着かないと思いますので、移動いたしましょうか」

「あ、はい。ぜひ」

「少し、浮遊感がするかと思います。ご容赦を」

「え?」


理解するより早く、彼がアイドル衣装でむき出しの私の肩へ触れようとして、ためらったあと、布で覆われた二の腕に触れた。その瞬間、ふっと体が浮くような感覚がする。そして次に目を開けたときには、さっきとは別の空間に移動していた。


「な、なにこれ……!?」

「アオイがいた世界には魔法はないのでしたね。今のは簡単な転移魔法になります。ここは賓客室です。しばらく、貴方にはこの部屋で過ごしてもらうことになります」

「……魔法……」


なんとなくそういう世界観かと理解はしていたけれど、いざ意識のある状態で体感すると不思議だ。思わずぺたぺたと自分の体を触って、それから彼に促されるままにソファに腰掛けた。

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